〇〇住宅のT・I氏~第七話~完結
12月24日クリスマス・イブ当日。決戦は…木曜日だった。
相手からの連絡を待つことはせず、オープン時間に〇〇住宅へ向かった。
先手必勝。
相手が予想もしていない角度から攻め入る。
戦国時代にも使われていたであろう奇襲攻撃。
ダウンジャケットにモンベルの長靴を履き、マスク姿にサングラスで〇〇住宅に到着した。
夏場はサンダルを履きつぶし、冬場は厚手の靴下に長靴を履きつぶすのが僕のスタイルだ。
脱着に手間がかからないことを優先に考えているというのが理由である。
どう考えても怪しいスタイルに、受付の女性は戸惑いながらも応対する。
こちらは戦闘態勢なのだ。どう思われようが構いやしない。
稲と申します。T・Iさんをお願いします。
僕が伝えるとオフィスの奥で立ち話をしている男性2人と目が合った。
手前の男性に見覚えがある。
昨日のうちに〇〇住宅のHPは隈なく調べていた。
あの人が社長に違いない。
社長と思われる男性は僕を見るなりお辞儀をし、奥へと消えていった。
そしてもう片割れの男性がこちらへ歩いてくる。
スーツ姿に短く整った髪。歳は30代半ばだろうか。
挨拶をし、名刺を渡された。
役職は課長とある。
どうやら話は伝わっているようだった。
この度は大変失礼致しました。
T・Iはただいま外出しております。
状況はすべて伺っております。
そういうと課長は僕を客間へ通した。
そこから一連の出来事を説明し、T・I氏の対応への不満をぶちまけるわけだ。
そしてこの事件が、もしかしたら組織全体で成り立っているのではないかという懸念も示した。
すると…。
な~んてことはない。ただT・I氏が勝手に暴走していただけのようだった。
僕が電話した火曜日の営業終了後、T・I氏と電話を代わった総務の方が課長へ連絡したことで判明したという。
社長までもちゃんと話は伝わっているようだ。
それゆえの、先ほどのお辞儀だったわけだ。
だとするとT・I氏は、誰にも報告せずに今回の件を進めようとしたことになる。
なんというか、もう呆れすぎて話にならない。
昨日一日をかけて、何十パターンの戦力を立てた武将・稲。
その貴重な一日を返してほしいものだ。
こうしてすんなりと全額を返金してもらい、無事にキャンセルをすることができた。
その日のうちにT・I氏から謝罪の連絡もあった。
もう彼と話すことはないが、これも何かの縁。
僕なりに組織の一員である意味の深さを教え、電話を切った。
頑張るんだよ。
そう最後に伝えた僕に対し、電話越しの彼はなんだか…ヘラヘラしていた。
ダメだこりゃ。。。
これが僕ら夫婦に起きた本当にあったヤバい話である。
〇〇住宅は課長を通じ、今後も利用するつもりだ。
今回の物件は、運がよく回避することができた。
それどころか、今お借りしている古民家を改築して、妻のサロンができる案が浮上したのだ。
目の前に住む大家さんのお父さんも気持ちよく了承してくれた。
好きにやればええけん。
そして家の横にあるJRの駐車場に空きがあることもわかった。
普通車が5台は停めれる駐車場。キャンピングカーも優に停めることができる。
僕ら夫婦は、この場所にいる必要があったようだ。
大家さん夫婦もいい人で、月に一度は一緒に酒を交わす。
この古民家で、妻のサロンをこじんまりと営業しながら、まとまった時間を確保して旅に出る。
その旅で体験した出来事を僕がまた文章に換えていく。
僕らには、最初から決まっていたことなのだろう。
そして“それ”に気づくために、T・I氏は僕の人生に現れたのかもしれない。
ならば彼にも感謝しなくてはならない。
今住んでいるこの場所が、こんなにものどかで素晴らしいことを教えてくれたのだから。
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