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tel(l) if... vol.6 前期中間試験

登場人物

千葉咲恵(ちば・さきえ) 主人公。進学コースの女子生徒。伊勢先生のことが好き。

伊勢(いせ) 特進コースの社会科教師。咲恵の勉強を見ている。

麹谷卓実(こうじや・たくみ) 特進コースの男子生徒。


試験準備期間に入れば、伊勢先生に会うことはできない。だから、卓実と私を結ぶ、唯一の共通点も、この時期だけは消滅する。 
だから、クラスメートの歓迎モードも緩やかに通常モードに戻っていくと予想された。

卓実から「試験勉強どうする?」とメッセージが来ていた。
返信を保留しているうちに放課後になってしまった。
それと言うのも、卓実の恋人についての話を耳にしてしまったからだ。
破局寸前、今回は長い方だったよね、と女子トイレに行った際に聞こえてしまった。

私が個室から出てきたあとの無反応ぶりからして、原因は私に無さそうだった。
まさかサッキーではないだろうと思っているのだ。私でもそう思う。
だとしても、そういう噂とはできるだけ距離を置きたかった。
今の歓迎モードが通常に戻るのは納得できるとして、何かを間違って、忌避モードになるのは頂けない。

放課後、開放されたばかりの自習室に行った。
学校に残っていれば伊勢先生に会えるという期待を持ったままでいられた。

勉強している卓実が見えた。一緒にいる時間が急に増えたからか、彼の持つ雰囲気がそうさせるのか、すぐに目に留まった。

黙って離れた席に座ると、後ろから肩をたたかれた。
「無視しないでよ」
私は慌てて席を立って、卓実にもついてくるように促した。

少し離れたホールまで移動すると
「まつげ上げたんだ。似合うじゃん」
と卓実に言われた。
「ありがとう」
そう言ったあと、少し二人で沈黙してしまった。

「メッセージ返せなくてごめん。今日、移動教室が多くて、それで返しそびれちゃって」

もちろん嘘だ。良心は少しも痛まなかった。

「試験準備期間中、伊勢先生のところ行けないじゃん。どうするの」
「まぁ……しばらくは自力で勉強だね」

どうするもこうするも、試験期間中は社会科準備室には行けない。
それは動かしようのない事実だし、その間に何をするかなんてどうでもいいことだろう。
卓実は大勢いる友だちと好きにしたらいいのだ。私も好きにする。

「私はこの時期、いつも自習室で勉強してるよ」
「咲恵は会えなくてもいいの?」
一瞬、ドキッとしたが、勘違いしてはいけない。
卓実は「咲恵は(伊勢先生と)会えなくてもいいの?」と言いたいのだ。

「それは仕方ないじゃん。迷惑かけられないよ」
「試験期間中でも会おうと思えば会えるのに」

卓実の言うことも、一理あった。
まとまった時間でなくてもいい、ただ挨拶さえできれば満たされることもあるだろう。
卓実といれば遭遇率は上がるかもしれない。
でも、その卓実と今は距離を置きたいというジレンマ。
だとしたら私は後者を優先する。

「卓実はもう少し彼女のこと優先したほうがいいんじゃない? 別れそうだって噂が私の耳にまで入ってるよ」
嫌味にならないように苦笑したが、それは悪手だった。彼のトーンが少し低くなる。
「その話はいいよ」
「良くないよ。そんな状況で協力とか、嬉しくないよ」
「もう別れたから。だから暇なの。勉強するしかないんだよ」
私はまた「そうなんだ」としか言えなかった。
原因とか、事情とか、あまり聞きたくなかったから。

それからは本当に、伊勢先生と話すことも、挨拶することもできなかった。
卓実とはたまに自習室で会い、そのときは話をした。避けるのも断るのも、エネルギーを使うのだ。
そのうち、周りの目を気にしている自分が馬鹿らしく思えた。

帰るタイミングが同じになって、卓実に勉強を教えてもらうこともあった。
そういう日は近くのファーストフード店に移動した。
彼は理系科目が得意で、私は文系科目が得意だった。だから、助かっているのも事実だった。

「今日は私が奢るよ」
私がそう言うと卓実が首を傾げた。
「卓実にはいつも助けてもらってるし」
彼は渋々了承した。思っていたよりも、嬉しそうじゃなかった。
その日はいつもより彼が疲れている気がしてそう言ったのだ。
彼を遠ざけたい気持ちと、反面、憎めなくて元気になってもらいたい気持ち。
そのどちらも本当だった。

中間試験の結果は、さほど伸びていなかった。
教えてもらう機会が多い分、もっと伸びると期待していた。

赤点はなく、進学コース内の総合順位もかなり上がっていた。クラスでは一位になった。
それでも手放しで喜べたりはしなかった。

前にも言った通り、運動部が多いこの進学コースでクラス一位なっても、それは報告するほど凄いことではないのだ。
それに、他の生徒にもいつ抜かれるかわかったものではない。

加えて勉強が好きという間違ったイメージが、また一つ客観的事実で裏付けられてしまった。

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