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そういうダンス

小さいとき、なかったですか。ゴマフアザラシのキャラクターみたいなやつ。あれいまになってすごく欲しい。わたしの生活をいつだって覗いていてくれるゴマフアザラシ。さすがに愛おしすぎる。さいきんはぬいぐるみだったりキーホルダーだったり、あとなんだ。まあなんかいろいろと。びびっときたキャラクターとの出会いを大切にしすぎていて、部屋のかわいいがもう溢れそうになっている(ふつうに部屋が散らかりすぎていてかわいさが相殺されている感は常にある)。引っ越したいという気持ちが常に薄っすらとあって、なんていうかもう沸騰直前のお湯みたいな感じ。意味もなく地団駄を踏み続けている。そういうダンスなのかもしれない。ラインの人間を片っ端からミュートにぶち込んでいるけれど、きみからの連絡はちゃんと返す。きみとかすぐ書いちゃうけれど別に明確な人物を思い浮かべているわけではないですよ。もうなんか、いいかなあ。ずっと疲れている。時期じゃないから想像しにくいけど、一生うなだれているヒマワリみたいな。そういう気分が続いている、車窓みたいな感じ。あんまわかんないかな。家にいるのに声に出して「もう、かえっていいですか?」とかきいてしまったりもする。問いは生まれれば生まれるほどに良いと信じてきたけれど、いや。どこに帰りたいんだよ。自分でも分からない。土か? まあ人間最後に還るところは土に他ならないけれど、わたしが思い浮かべているのは部屋に差す光りとかなんだよな。そんな綺麗なもんじゃないって、分かってはいるんだけど。死は色の薄いステンドグラスだと思っている節がある。実態は、わからない。痛いとか辛いとかよく聞くけど、もっとなんとかならないもんすかね。テレビが消えるみたいな感じで。おわったあとに「あーおわったおわった!おつかれ!」とか言ってハイタッチとかしたい所存です。もちろん、きみと。なみだはつたってかわになる。


ゆめぴりか

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