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ペルセウス座流星群が見える日にキャンプデビューをして、前歯を1本失った父ちゃんと乾杯した話

「虫が嫌だからやめよう。蛾が特に気持ち悪いだろ。りん粉とかがさ、こびりつくし。うん、ちょっと無理だな。」

2000年、夏。父親からそう言われた。当時、僕は小学一年生だった。

「おれ、夏休みに家族でキャンプ行くんだ~」と目をキラキラさせている友達を見て、なんだかうらやましくなり、その日のうちにその気になった。「ねえ、キャンプに行ってみたい。」と父親に言った。

何回か言ってみたが、「蛾が嫌だから」の一点張り。僕も「蛾」はこわいけど、父の「我」の強さの方がよっぽどこわかった。キャンプの絵を描く予定だった夏休みの絵日記は、じいちゃんの家に行った絵日記にすり替わった。

それ以来、キャンプのことは全く考えてこなかった。行きたいとも思わなくなっていた。「外でバーベキューする奴なんかパリピだろ」と斜に構えて、アウトドアの類はすべて無視して生きてきた。

「キャンプ行かないか?」

2020年、夏。父親からそう言われた。

26歳の僕は、フラットなテンションで「虫とかいるでしょ…」と言おうとしたが、頭の中の「思い出検索エンジン」が動く。

[キャンプ 虫 父]検索

20年前の記憶が蘇った。

20年前の父「虫が嫌だからやめよう。」

うわ、これじゃ、当時の父ちゃんと一緒じゃねえか!立場が逆転しただけだ。ここで断ったら、6歳のころの自分に申し訳ない。

キャンプ予定日は、ペルセウス座流星群が活性になる日だった。虫は嫌だが、流れ星は見に行きたい。虫…星…ムシ…ホシ…

ほんの少しだけど、「流れ星の期待感」が「虫の嫌悪感」に勝ったので行くことにした。20年前の夏休みの絵日記もリベンジする。絵日記の宿題はないので、このnoteに書く。

キャンプ当日。僕の家に迎えに来た父ちゃんは、すでに楽しそうな顔をしている。「来ましたよ~」と笑った顔を見ると、前歯が1本、異様に白かった。

「その歯、どうしたの?」と聞くと、抜けたと言う。輝く1本は仮歯だった。20年越しの記念すべき初キャンプは、「父ちゃんの前歯が仮歯」という話題でスタートした。もっと、こう、あるだろ…楽しい話題が…と思ったけど、気づいてしまったからには仕方ない。

白すぎるものを見ると、「父ちゃんの仮歯ぐらい白いな」と思ってしまう脳みそになった。

初キャンプは、父、兄、弟の3人で行った。家族水入らず。(「みずいらず」だけど、猛暑なので水は要る。)

キャンプ場に着き、まずは釣りをやってみた。糸が絡まり、釣り針があちこちにひっかかり、水の中に糸を垂らしてグダグダしているだけで終わった。キャッチもリリースもしなかった。

水中糸たらしの時間が終わり、テントを張る。意気揚々と「これをこうして組み立てるんだぞ」と教えてくれる父ちゃんは、少年のようだった。キラッと光る仮歯がまぶしい。

テント設営中、隣にいたワンパク少年4人組が「せーの、どんだけ〜!」と叫びあう謎の遊びをしていた。なにがどんだけなのかは知らないのが、「IKKOさんのファン層、どんだけ~!」と言いたい。

快晴の中、汗だくでテントを張り終えた。作業が落ち着いた頃、父ちゃんが車からクーラーボックスを出した。「じゃじゃ~ん、氷と飲み物~」とドラえもんのように。

父えもんは、氷をバケツに入れ、そこに飲み物を潜り込ませた。お祭りみたいで楽しい。キンキンに冷やしたビールを手に取り、「飲みますよ~」と父ちゃんが言う。僕も、お祭り氷バケツに入っていたよくわからないチューハイを手に取り、乾杯した。

隣の隣には、松山千春を全力で歌うおじさんがいた。目が合ったので、果てしない大空と広い大地のその中で、千春とエア乾杯をした。

「虫よけスプレーしても寄ってくるなあ。まあ、キャンプだから仕方ないよなあ」と、ビール片手につぶやく父ちゃん。虫を普通に手ではらって、平然としている。

いつの間に克服したんだよ。虫、嫌がってたじゃないか。お酒の力か?
特に気持ち悪がっていた蛾ですら、真顔で「しっしっ!」と追い払う。

小学生のときに、その男気を見せてくれてればキャンプデビューできたのに…と、若干モヤモヤした。

モヤモヤはしたが、ほろ酔いで満足気な顔の父ちゃんを見ていると、そんな気持ちもいつの間にか成仏した。どんな初体験も、遅いなんてことはないんだ。キャンプデビューと虫克服記念に乾杯。

辺りはすっかり暗くなり、虫も星も増えてきた。相変わらずテーブルの虫をささっと振り払う父ちゃんは、もはや虫に強い方の人間に見える。
真っ暗な広い空には、星が輝いている。

虫も星も、「黒い闇の中に白い粒が点々としている」という共通点を発見してからは、どちらもきれいに見えて、どちらも不気味に見えた。

ペルセウス座流星群が一番見えやすい時間は、22時。時計を見ると、21時50分だった。そろそろだ。
ワクワクしながら空の下で待機する。日常生活では、長時間なにかを見上げることがないので、あごの下の筋がやたらと伸びる。

筋がやられるのが先か、流れ星が降ってくるのが先か。筋と星がデッドヒートを繰り広げる。
少し経ってから、視界に一瞬、スーッと流れ星が見えた。ほぼ光線だった。白く輝く光線。

見えたはいいが、願い事を全く考えていなかった。せっかく流れ星を見れたのに。
一瞬の隙に脳裏をよぎったのは、「うわ!白い!父ちゃんの仮歯ぐらい白いな!」だった。

そこから2分おきくらいに流れ星が降り注ぎ、そのたびに「仮歯!」「仮歯!」と願い事のように頭で唱えてしまった。

弟に「流れ星、父ちゃんの仮歯くらい白いな」と言うと、「そこまでじゃないでしょ」とややウケされ、正気に戻った。合計10発の流れ星を確認し、最後の方は冷静になり、妻や親、弟の健康などを願った。

僕が2000年にお願いした「キャンプに行きたい」という”ねがいごと”は、2020年に突然叶った。20年越しの日記は、当時の僕が絵日記に書きたかったものとは全然違った。父ちゃんの前歯は抜けてるし、白髪も多い。だけど、20年越しだからこそ、「父ちゃんとお酒で乾杯した」という1行が、この日記に書けた。

父ちゃん、あの頃の願いを叶えてくれてありがとう。そして、26歳の僕は、流れ星に秘密の願い事をしておいた。

これ以上、父ちゃんの歯が抜けませんように。

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