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Infinite Music Odyssey_008

読者のためのプレリュード

さて皆さまこんにちは。日曜安息日、いかがお過ごしでしょう。
Infinite Music Odyssey——雑踏にイヤホンを。いざ今週も音楽ある旅路へ。

Infiniteと銘打っておきながらしばらく休載しておりました。
noteネームky.o9猊下をはじめ、記事を待ち設けていらしった方々、8号です。
このごろ当方は恋路奔走と映画鑑賞とに勤しむ日々でした(cf. 卒論執筆)。
前者は現在進行形で状況が流転しており、明日の安寧も知れぬ薄氷ステップ。
また、森見登美彦ふうに書くなれば、恋に恋する男は悉く不気味である。
ゆえに記事にするほどの余裕・意義も無かるべしとおもうので、詳らかにすまい。
しかし! 一目惚れが現実から遊離した死語じゃなかったことは特筆しておこう。

(咳払いし、軽く聴衆に目配せ)

後者——映画について。
うかうかと単位を取得し忘れていた1年次のパソコン講義と、関心の赴くままに履修登録した建築科開講の講義を受けるほかは、じつにスッ・カラ=カンな前期スケジュールだから、空いた時間が山ほどある。それはほかの学生の場合も一般おなじであろう。だからある者は就活に励み、ある者は卒論に気焔を揚げ、ある者は旅行に目を輝かせ、またある者はその全てを両立するために時間をエフェクティヴにユーティライズする。わたしはといえば一切を穏やかに拒み、「高等遊民」という脆弱極まりない資格試験に向けた勉強を気ままに進めている。試験とはいえ、公式テキストは存在しないので我流で模索せねばならない。合格に向け、求められる素養の研究を進めてわたしなりに到達した見解は、「道楽を知ること」である。道楽特有のスバラシキ・フレーバーを満身に浴びて脳をやはらかく変成させ、生涯のんびりと仙人境を漂うこと、これすなわち高等遊民の生きざま。二千年紀かけて人類が築いた論理を軽く飛び越えて、わたしは何ごとか人生の要諦を掴んだ気になった。そういうわけで——映画を観る。

きのうは佐渡島を拠点に活動する芸能集団・鼓童をフィーチャーした映画『戦慄せしめよ』を、佐渡出身の友人と観た。やや酒気帯びぎみの監督による舞台挨拶つき。ただのドキュメンタリーを越えており、「映画」として作り込まれている。アナロジー表現を映像で凝らす妙技に終始感服せしめらる。
おとついはアマゾン・プライムで『ベンジャミン・バトン』。どんどん若返るアレである。まー、皆さま揃って強靭なセイヨクをお持ちですこと。同じくプライムで鑑賞した『グッバイ・リチャード!』もまた目が眩むばかりの官能絵巻。「死期が近い」という設定こそ共有してはいるけれど、黒澤明の『生きる』の主人公が辿った心情とリチャードのソレとは、だいぶ異なり、それゆえに考えさせられる。キルケゴールの実存主義(絶望→美的実存→倫理的実存→宗教的実存)を連想したりも。リチャードは美的実存に留まり、『生きる』の小吏は美的段階を経つつも数歩そこから歩みを進めたような。比較して見えてくるものもありますね。
以前ちょいと呟いたとおり厳格レーティング映画『チタン』・『ポゼッサー』も観た。チタンはわたしの性差ジェンダー観念に、ポゼッサーは自他の観念や所有の観念に、それぞれ重い一撃を叩き込んだ。一日のあいだに、立て続けに衝撃波を浴びたものだから「自分」はひどくぼろぼろになった。
『バットマン』も観た。もともとバットマンの存在に含まれている矛盾を徹底して炙り出した映画づくりとなっている。自らが執行する私刑スレスレの「正義」を正当化する材料として拠って立つモノがどんどん崩れていく過酷な画面を、ただただ見つめていた。推理小説が天敵のわたしには伏線や設定はあまりに難解だったが、人物が織りなす「構造」は朧げに感じ取った。正邪のヴェールを引き剥がされたバットマン以下「正義」の執行者が今後どうなるのか気になるところ。

と、だいぶ映画論じみてしまったところで本稿の趣旨、音楽へ。
山口一郎ないしサカナクションが手がけているNHK Eテレ番組『シュガー&シュガー』の人気コーナー「選曲家劇場」でも盛んに唱えられているとおり、映画を鑑賞していると、映像に付された音楽は視覚効果を大いに歪めることができるのだ!と思い知らされる。どんなにピリッとしたシーンでも「マカレナ」を唄えば愉快も愉快。逆に、みんな朗らかに笑っている幸せそうなシーンの背景で「feels like "HEAVEN"」が奏でられようものなら視聴者は不穏をびりびり感じる。音楽を聴くと映像や色彩が目に浮かぶことがある(たとえばシベリウス「フィンランディア」のサビは虹のイメージ)ように、視覚は独立した器官じゃあないのである。

今週も五曲選んでみました。テーマは一貫していません。
ただ、どれも感覚情報に変成を促すリリックやサウンドであろうとはおもいます。


💿Bad Habit/Kassian

米国発の音楽配信アプリ「Bandcamp」をよく利用しています。
世界各地の未聴ゾーンからやってきた音楽たちがタイムライン形式で次々と登場してくるのに魅せられるとともに、無料でだいたい全曲試聴できるので、その気軽さが気に入っています。何度か聴いていると「さあそろそろ買いどきでは?」と画面に表示され、謹んで辞去すると赤ハート印が脆く崩れ去るというよく練られた表現が導入されていますが——まあ、ロハでこんな粒揃いの曲を聴いているのは気が引けますからホイホイ買っちゃいます(ビバ高等遊民)。
Kassianもまた、ある日タイムラインに姿を見せたうちの一人。リッジレーサーの挿入曲として大活躍間違いナシの、快く際立ったビートの虜になりました。電車に揺られているときもいいですが、散歩や点描といった単調ステップの行動にKassianのリズムを重ねてみるのも一興ではないかとおもっています。Kassian風の散歩、ジーン・ケリー風の散歩、植木等風の散歩……散歩リミックスの夜明けは近い。

💿ONE/Kelly Lee Owens

彼女と接点——といっても楽曲を聴いたに過ぎませんが——を持てたのはアマゾン・ミュージコのオススメ機能の恩恵であります。遠く……高等遊民の狭小な視野の先を見つめるような、あるいは小説家・川上未映子のような、Kellyの透徹した瞳に惹かれ、その楽曲を聴いてみることにしました。
「爽やかな」という表現は便利で、ともすれば彼女の曲にも当てはめたくなりますが、イージーな形容詞ひとつで分かった気になるのは考えものですから、さらなる表現を目指して闘争を申し込みます。ま、敗北する定めは変わりませんが……
形容詞を待っていない声である。喝采も号泣もたぶん待っていない。歌っているKellyと、聴いている吾人がともに音の響きのうちに姿を消し、しばし「ONE」=ひとつとして不定形の不動たることを願っているような……抱擁さながらに。
このアルバム「Lp.8」はごく最近リリースされたもの。発表の報せが届いたときはオッとおもいました。いい音楽です。もっと聴こう。

💿Nessuno mi può giudicare/Caterina Caselli

Caterina Caselliが唄うこの曲は映画『チタン』にも用いられています(そういえば映画ポスターと上掲サムネイルは色味そっくり)。
「いや、そのシーンでその曲調使います?」なはんて、最初はどぎまぎしていましたが、音楽が視覚情報と並び立ちあるいは圧倒することで、「なんかそんな気がする〜!」と翼賛体制に入ってしまえるから不思議。映画『ジョーカー』にて、上司に叱責を受けているときアーサーの脳裡に流れている曲ぐらい画面にミスマッチなんだけど、ところがどっこい、彼らの内面の響きを如実に浮かび上がらせている。明るく、楽しく、元気よく。この三拍子の奏でが指示できるのは明るいモノ、とは限らない。ま、それにこの曲はリリックがだいぶ戦闘的ですからね。両面からみて、『チタン』にぴったりなんであーる。
「誰も私を裁けない——あなたでさえも」

💿Poverty's Paradise /24-Carat Black 

まずジャケットがヨイ。24カラットといえば、しっかり「純」。純粋に黒い。
リリックから察するに、「黒」は生活苦の暗闇かしら。あるいは肌膚なのかしら。
切実に苦悩へ切り込んでいったこの曲は、売上も知名度も呼ばなかったらしい。
ふらふら徘徊しがちなわたしの心をふいに呼び止める音色だったから、当時あまり注目を浴びなかったことに驚いた。リリックも加味して評価されないと音楽界には参画できないのかしら。ウーム政治的……素人には分からんところか。20年ほど閲してから再評価の動きが高まったようでひとまず安堵。
この曲は「貧しさに宿る楽園」とでも訳せるだろうか。持てる者は「だいじょうぶ。楽園はあるよ」と説くが、(唄う)持たざるオレの暮らしぶりたるや、娘を育てるにも事欠くほどだ。飢餓がずっとそこにいるよ……リリックを読み進めていると、彼らはだいぶしょげている気がしてくるが、食うものにも困る日々ではさもありなん。「楽園」なき場所から切々と歌声が響く。知らず知らず、聴いてしまう。
再評価とともに暮らしぶりは少し満足のいくものになったろうか。

💿グッデイ・グッバイ/キリンジ

わたしのツルベイズム(註——どんどん未知のヒト・場所に関わっていく嗜好)のバイブルみたいなところがある「グッデイ・グッバイ」。この曲を口ずさめばツルベになれる。いわばポパイのホウレンソウである。
ミュージック・ヴィデオさながらに流れ去る人生の一幕一幕、せっかくなら運命愛を抱えて、出合いを取り結んでいく。「グッデイ 見知らぬ人なら グッバイ 誰でもいいのさ ねえ、お喋りを——いいだろう?」道ゆく人みなに声を掛けるのはさすがに出来ない芸当(先方も願い下げだろう)だけど、同じ店に居合わせたりの濃度濃いめの巡り合わせがあったら、少し話してみる。ま、すぐにグッバイだからって気に病むことはない。せっかくなら、「意味」や「功利」を突っ切った爆走の関係性をご一緒に。
停滞したり、汗臭い頓着を感じさせないキリンジの歌い声、好きです。
アルバム「3」のジャケットとか、すごく油脂を感じさせるのに、裏腹。

ポストリュード——わたくしといふ現象は……

一曲一曲、向き合ってみると言葉はどこからか導き出されるものだ。
とはいうものの、おもわず声帯やら口角の筋肉が自律して何事かを勝手に語りはじめるわけではないから、その気になれば黙っていることはできる。つまり、noteを書かずにいることはできる。
でも書いてみると、どっこい書ける。向き合えば何か云いたくなる、何か出力したくなる——それが芸術の本義なのだった。であるからして、noteというフリーに発声していい空間、それに幸運にも読者がついていることを喜びつつ、これからも音楽=芸術に感化されるままに漫筆を揮っていきたい。
わたくしという現象は芸術のバクハツ力により駆動される、一つのゆるやかに結合された語彙出力機関なのです(あるいは高等遊民幻想の集合体)。

今回もお読みいただきありがとうございます。よい日曜日をお過ごしください。

お気づきのとおり、サムネイル一新しました。
「Anurati」フォントのシャープさを活かす意匠を目指しました。

いちおうステートメント

Infinite Music Odyssey 過去の放送回

💿Thelonious Monk
💿Moonriders
💿Ausecuma Beats
💿Queen
💿Janko Nilovic

💿核P-MODEL
💿Talking Heads
💿Y.M.O.
💿Arvo Pärt
💿ゆらゆら帝国

💿古美術
💿naomi & goro
💿サカナクション
💿Keith Jarrett
💿エンニオ・モリコーネ

💿羊文学
💿胃脳グループ
💿Frank Sinatra
💿Earth, Wind & Fire
💿Sofia Portanet

💿Kraftwerk
💿ジョルジ・リゲティ
💿矢野顕子
💿大野雄二
💿Tom Room39

💿Lambert, Hendricks and Ross with Basie Band
💿有頂天
💿くるり
💿John Swihart
💿鼓童

💿エレファントカシマシ
💿三波春夫
💿椎名林檎
💿伊福部昭
💿Luciano Pavarotti

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I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)