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Infinite Music Odyssey_004

序文——

膝のうえで丸くなった猫君がムー、ムー、と呟いている。
ときどき「ムー?」と疑問文ふうに語尾を上げたり小刻みにプププと震えたり。
深く、深〜く眠りに落ちると、彼はきまって寝言をいう。
語彙や発音がヴァリエーションに富んでいるから、聞いていて飽きない。
「今宵はどんな夢をご覧なのかしらん……」想像が膨らむ。

しかし深〜くお眠りいただくためには小一時間に亘って膝に載せる必要がある。
なんたって巨大猫メインクーン種の血統を引くお方だもの、めちゃくちゃ重い
そこへ天動説的な、あるいは「小皇帝」な寝相をするから、だんだん痺れてくる。
正座から徐々に徐々に体勢を崩してみるが、あんまり目先は変わらない。
痺れを堪えて笑いが込み上げ、体が震えると敏感な猫君は目醒め降りてしまう。
「ム……ウッフゥ……」と嘆息を漏らしながら夢中でエサ皿に向かう背中は切ない。

痺れはトテモ厳しいけれど、なるべく堪えたい。
「くっ……寝言が聞きたい、しかし、足がまずい……っ」
可及的速やかに、脚部に集中している意識をどこかへ逸らす試みが要る。

そんなとき<音楽>こそが、手っ取り早く苦悶から解かれるナイスな方策である。

いまは音楽を再生しようとするとき、少しも動かなくてヨイ時代だ。
レコード盤に針を乗せたり、プレーヤにCDを挿し入れる必要は必らずしも無い。
テレビ台の下でコッソリ耳を澄ませ待機しているアレクサに声をかけるだけ。
「アレクサ、おすすめのアルバムを聴かせてけろ」
「ハイ。Amazon Musicで羊文学のアルバムを——」
いやはや、なんとも便利な世である。

Infinite Music Odyssey——今週のプレイリストを発表します。
「足が痺れてしょうがないときに聴くと、結構ごまかせる曲」
猫君、それもビッグサイズな小皇帝をお飼いの方々の参考となれば幸いです。
あるいは日々正座する必要に迫られている方々へ。

読者各位。いつも読みに来てくださり、ありがとうございます。

💿

♫ 光るとき/羊文学

『平家物語』という、哀歓をそそるアニメが現在放映されていますね。
最新話が発表されるそばから鑑賞し、ハーと熱い嘆息を漏らす日々です。
「とどのつまり平家が滅びる」オチが分かっているからこそ胸に沁みる。
過去と未来を幻視できる「異質」な主人公が悩む、現状を変えられない歯痒さ。
このアニメを観ていると自ずと、彼女に自分を重ねて悶えてしまいます。
手塚治虫『アドルフに告ぐ』でも感じた、変化を抑えられない定めへの悶々。
羊文学の手になるこの曲「光るとき」は『平家物語』にぴったりであります。
変化の奔流を、あくまで潔く引き受け、たとい死すとも、無駄ではない。
迫りくる<死>の呼び声への、一つの回答である。このようにまず歌詞がヨイ。
そしてヴォーカルもまた、ヨイ。語尾に垣間見える力強さが説得力を放っている。
ぐっ……と心を捉えて離さない。猫君の重みも忘れる6分間。

♫ THERAPY/胃脳グループ

羊文学の次に置くべきか? と訝しむ声は尤もであります。
ただ、こういうギョッとする組合せを目にすることで、足の痺れも忘れるのでは?という可能性に懸けたい。それに、繋がりがないわけじゃない。羊の次はイルカ。イルカセラピーです。じつは次に掲げる曲もシナ「トラ」ときてアニマル三連複。
さて、胃脳グループ(group_inou)より、「セラピー」をチョイス。
のっけから、鼓膜に粘りつくようなチープな音が続きます。テン・テン・テン……
そして、しばらくして小気味よく快速で走り出すヴォーカル。ホラー、オラオラオラ……
歌詞はいったい何の話をしているのか? 謎を煮詰めた動画とともに曲は進む。
ぼうっと画面に見入り、音楽に耳を傾けるうち、いつの間にか施術セラピーは終了する。
鼓膜と集中力という高い代償を払うハメになるが、術後、足の痺れをはじめ、頭のなかの曇りが冴え冴えとすることに気づくはずである。
こちらの治療、ご自宅でもカンタンに受けられます。いかがでしょう。

♫ That's Life/Frank Sinatra

さて、お待たせしました——「トラ」さんの曲です。
わたくし生まれも育ちもニュージャージー州ホーボーケン。
カトリックで産湯を使い、字はシナトラ、名はフランシス・アルバート。
人呼んで「フランク・シナトラ」と発します。
今回取り上げますは、彼の代表曲「ザッツ・ライフ」。
映画『ジョーカー』で主題歌に選ばれたこともあってご存知の方も多いはず。
「逆境にも屈さず、ボクは人生懸けて栄転ドリームを目指します!」(要旨)
戦後にスランプを嘗めたシナトラらしい歌、そしてジョーカーらしい歌。
ヘヴィで自分メインな暴クーンの猫君という、膝にとっては甚だしい「逆境」も、
キュートな寝言を謹聴するための必要苦。ふふん、なんてこたあない。

♫ September/Earth, Wind & Fire

続いては、もはや紹介するまでもないチョー有名どころをチョイス。
イントロから早速押し寄せる快いビッグ・ウェイブに気持はノリノリです。
もう身体の痛苦なんて、どこへやら。あっさり吹き消えてしまいます。
この曲、わたしは映画『最強のふたり』で鮮烈な印象を受けました。
かくも爽快なオープニングが他にあろうか、いや、ない(反実仮想)と感激感激。
また、浪人時代の冬季講習をともに抜け出し遠くの海まで歩いた同志がよく唄っていたのも思い出深いところです。曲中で歌われている9月21日生まれゆえ、なにか彼なりにピンとくるものがあったのでしょう。
ちなみに、目下わたしの膝のうえで安らいでいる猫君もまた、同月同日生まれ。
「Do you remember the 21st night of September?」
コッソリ問いかけると、ムー? と応答あり。

♫ Planet Mars/Sofia Portanet

最後に、聴いたらむしろ痺れが昂進する曲をおひとつ。
大学一年次、どういう経緯か、かなり熱中して聴いていたSofia Portanet。
記念すべきファースト・コンタクトがこの曲、「Planet Mars」。
サビの歌いっぷりには、いまだに膝ががくがくする。いわば火星の歌姫って感じ。
宇宙の深奥まで襟首掴まれたまま、果てしなく連れて行かれる——
そんな、恐怖の色彩に満ちつつも、どこかウヒョーと歓呼してしまう曲です。
悲鳴や絶叫のような脆い声じゃなく、柔軟に芯を保持したタフな歌声。
そこへ振動を導入すると、タコ型星人のようなウネウネ・ヴォイスとなる。
地球の強度を超えた歌、おひとついかがでしょう。

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猫のいるしあわせ

I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)