見出し画像

Infinite Music Odyssey_006

序文。

ゆらゆら、ゆらゆら……あたかも身が船上にあるかのような心地。

船体を揉んだ巨きな波濤が去り、凪いでいるときでさえ、眼底に揺れの残り火が。
肺を膨らませ、と一息ついて吹き消しても、間を置かずふたたび波が襲い来る。
はじめの大波よりはずっと軽微だけれど、こちらはすっかり船酔い起こしてます。

我が家の水道も、また(幸いこちらは一瞬間の事象ながら)電力も破断した波濤。
はるばると11年の歳月を閲してなお、小康を慶ぶ隙も与えられない。東北地方。

このごろは。
はるか大海を隔てた対岸にて激しく渦巻いている波瀾を眺め暮らす日々でした。
テレヴィジョンの果てで起きている騒擾。どう想像しても、つまり画面の明滅。
遠いところの災禍に目を細めていた日々ゆえ、自分の船室が揺れて驚きました。
あッ、そういえばここは地震の黒い華咲き乱れる園であった——今更思い出す。

書店で購入したばかりの書籍が、地震に伴い魚の水槽から溢れ出た水を被った。
ひとまず揺れがおさまり被害を確認しはじめたわたしの目がその書名を捉える。
「今日は死ぬのにもってこいの日」——
乾いた笑いが口から漏れたが、それでニヒリズムに陥るわたしではない。
まだ、「もってこい」だなんて悟っちゃいない。悟ったフリなどしてたまるか。
なるたけ生きたい。なるたけ生きねばならぬ。

……

毎週日曜日に連載しているこの記事は、思い出深い音楽について書いてきました。

今週荒れ狂ったモノスゴイ波濤のさなか、いくばくかの救いを音楽は与え給うた。
明快かつ精緻な航路を指し示してくれるわけではないけれど、糧食にはなった。
波間にあるいま、無量の感謝を籠めてこれらの音曲を五つご紹介したいとおもう。

💿Going to Chicago Blues/Lambert, Hendricks and Ross with Basie Band

きょう昼、仙台市青葉区大町にあるレコード店「volume1(ver.)」にて購入した。
Art TatumやY.M.O.がわたしの好みだと知った店主が勧めてくれた品である。
並んで試聴しながら「こりゃレコード盤で聴くべきだねぇ」と店主は深く頷く。
軽快なピアノと並走するように重層的なヴォーカルが奏でられる。わたしも頷く。
今のところ実家に持参するしかレコードを聴くテは無いのだけれど、盤を買った。
聴いてみて、ギラッと、あるいはジュワ〜と生命力が滾ってくる音だと感じた。
地震で諸々削られている今は、このアツいジャケットがそばにあるだけで嬉しい。
レコード盤は、触れうるモノとしても、たまらん魅力があります。

💿BYE-BYE/有頂天

アレクサのおすすめに従って、エンカウント。
な、なんじゃこりゃ。聴くと、芯まで疲れた頭でも注意を惹かれる。ナンジャコリャ。
最先端にナウくてアヴァンギャルドな合成音声技術を用いているのにキャッチー。
どの曲も賑やかに個性個性個性と叫んでいるのに、全体として調和が取れている。
調べてみるとだいぶ昔日のバンドである。その差も気にならぬ鮮烈な感触がある。
「船酔い」しているときに聴くと、べつの快い酔いに遠く連れ去ってくれます。

💿リメンバー・ミー/くるり

ご存知、NHKの「ファミリーヒストリー」のエンディング曲。
連綿と受け継がれてきた血の物語をひととおり追ったのちに鳴り始めるイントロ。
なんべんも観て、聴いているうちに、曲を聴くだけで頬が火照るありさまです。
続いてしづしづと始まるヴォーカル「ど〜こかぁ〜」でいよいよノック・アウト。
これぐらい条件反射でカッと熱くなる曲は、NHKではほかに「72時間」など。
松崎ナオさんの声調で最大限揺れるように、琴線はチューニングされています。
なんでしょうね、音色から人間の生活の匂が香りたつところが好きなのかも。

💿Bus Rider/John Swihart

念仏の効用は、脳を覆う曇りにスポーンと風穴を開ける点にあると考えています。
「これは……ナンダ」と、すんなり消化できない情報があることで悩みを穿つ。
ご紹介する「Bus Rider」は、現代アメリカ映画が生んだ念仏の一形態です。
腰を抜かすほどチープな電子音が耳を貫いた瞬間、アハレ!とひとは瞠目する。
この曲を挿入歌とする『Napoleon Dynamite』は、全編とおして念仏映画です。
どれだけ悪どくネタバレしても、この映画を説明したことにはならない。
唱えてみなきゃ、聴いてみなきゃ分からない念仏と同じです。

💿族/鼓童

最近『犬神家の一族』を観た。
上映前予告編にて、「鼓童」の演奏を特集する映画が近く公開されると知った。
画面から迫り出してくるような気魄に触れ、胸をダ・ダンとバチで打たれた。
スラムダンク相田ふうに「これは要チェックや!」と感じ、ぎうと拳を固めた。
そんなわけで日夜予習に余念がない。胸の奥底に着火する高温のバチを聴く。
映画の題は『戦慄せしめよ』。なるほど、この演奏を数十分浴びたら慄える。
仙台では4月末からの公開との由。指折り数えて待ち侘びよう……

I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)