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Infinite Music Odyssey_009

読者のためのプレリュード

わたくしI.M.O.、大学で文化人類学を専攻しております。
それで去年から個人美術館(およびその館長)をフィールドに据えた調査を行なっているのですが、ここにきて別箇の研究領域に足を突っ込むことになりました。
ざっくり云えば「農業」。もう少し詳しく書けば「高齢化時代における地域農業継承の目指し方」。美術館研究とはかなり隔たったところに迷い込んできてしまった観があります。そろそろソツロンを捏ねようかという時季に及んで、わざわざ農家調査を始めっちまったのは、ただの興味半分、否、興味全量です。
教官から「ユー、研究プロジェクトに入らない?」ときて、オーなんか大学っぽいナ〜と興味大さじ1。しかしわたしは貧乏学生、研究費を捻出する余裕が無い旨をコッソリ告白こんひさんすると、「交通費・滞在費はぜんぶ公費なのよ」とレスポンスがあり、興味1リットル。どうやら本調査は大学が企図したものではなく、秋田県横手市や大手会社といった大物が興した企画らしい。就活を全く拒み、大学生インフィニティの成り損ないの境涯でぶらついている阿呆学生だというのに、世にもビッグな組織が打ち出したプロジェクトに携わるチャンスが、すぐそこに転がっている。劇場版ミスター・ビーンもかくやというほど魅力溢れるミスマッチ人選。ああ……占術を使うアヤシイ老婆の声が聞こえるようだ。「あなたは才能がおありのようじゃし(慧眼に脱帽!)——好機はいつでもあなたの目の前にぶら下がってございます」
というわけで美術館調査もそこそこに、農業継承プロジェクトに参画することになりました。先週さっそく初回現地訪問を迎え、農家や市役所職員の方々と顔合わせを果たしました。さて劇場版ミスター・ビーンなみの好機が降って湧いたとはいえ、わたしの気質はミスター・ビーンほど大胆不敵じゃない。参加学生がわたし一人であとは教官だけというアヴァンギャルド編成に悪寒を生じ、新幹線の揺れに酔いを催し、オフィシャルな打ち合わせで緊張を深め、おびただしい情報量に鈍麻を覚え、想像を超える暑熱に眩暈を感じた。また、滞在中そこここで鼻血を出すという憂き目を見た(引率の教官の心中やいかに)。しかしそれでもなんとか気を保てたのは、ひとえに横手市の自然と人びとの朗らかさの恩恵であります。
本調査についてはいつか稿を改めて書きたいとおもっています。
さーて(咳払い)、連載第9回を手がけていきましょうか!

Infinite Music Odyssey——遥かなる音曲の旅路へ本日も。一名様ご案内です。
プレリュードだけで日曜日が終わりそう(現在日曜日の23:47)……

💿ハートじかけのオレンジ/大瀧詠一

諸君! 万能のロマンティック・エンジニア、大瀧詠一の珠玉です。
声よ! なんとキケンな電流を帯びていることか。背筋を走る指なみに、ヒャ。
詞よ! 婉曲が巧みすぎて、シニフィエより数等倍もハレンチになってるよ!
音よ! 銃声とかガラスのパリンとか騒がしいサウンドが謎の共存共栄。
題よ! 時計でなくハートを埋め込んだかッ! 嗚呼そうかい爽快ッッ!!

ほかにここまでロマンティック・エンジンをくすぐって発動できる人物といえば、その詩に触れた人をことごとく恋路に追い落とす匠ジャック・プレヴェール、恋の熱情で読者をびしょびしょに染め上げる漫画家小玉ユキ、ピロートークならぬピローソングの才媛佐藤奈々子が挙げられようか。もうね、目が据わるとか、暗いリビドーの線香花火が燃えるどころじゃないんですよ。こういう手練れのエンジニアの仕事には、武者震いを喚起し、歓喜のうちに忘我せしめるトリップ・エクスタシーが異常に配合されておる。げにキケンじゃ……目を背けつつも、それは背けたフリでしかありません。ほら御覧、手の平にハート印の聖痕がくっきり!

💿チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第一番/小山実稚恵

大学でわたくしは交響楽団というところに所属してました。
ろくに縁も無かった楽器を始めてみようかという気持(と、美麗な先輩の誘いに導かれて……という桜木花道的下心)でクラリネットを握り、一年ばかりぷうぷうと吹いていましたが、集団・組織行動を天敵とする本性だけは矯められず、おもむろに幽霊部員と化していきました。それでも退部せずに、部費を納入したり係活動に参加したりしていたのは「退部しやす!」という積極行動を起こすのを怠けていたから。それに、「もう一回やらないか?」と同期からプチ演奏会に誘われて練習を再開して「嗚呼やっぱり面白いかも」と実感したのも大きいかもしれません。再開から間もなくあのウイルスが跋扈して一切が御破産になってからも、弾く愉しみが手に残っていて、辞めるに辞められず。
それでずるずると居残り、定期演奏会の撮影業務にだけコンスタントに関わっていました。成仏を拒む幽霊を横目に、新入生はぞろぞろ参入してくる。それが2年も続けば控室の居心地がさすがに悪くなり、浦島太郎であり続けるよりは潔く退部しようと決心を固めます。これが最後の撮影業務とおもって臨んだ演奏会、そこに客演として現れたのが小山実稚恵でした——
ピアノの上を、指が、手が、腕が跳ねている。上腕二頭筋がうねり、その波動を表情筋が受け止め、奔流のように喜怒哀楽が去来する。ダダダダダダダダダダダと正確に打ち込まれる重低音一つひとつが粒立って腹に突き刺さる。まだリハーサルだというのにイケイケ、否、畏敬系の膨大な熱量を籠められたピアノはあくまで忠実に絶唱する。撮影係だというのに楽団員の演奏に少しも意識を向けられないほど、わたしの目には彼女が光輝を放ってみえた。
自分はここにいてはいけない人間だ。改めて確信を深めたが、しかしいま小山が客演として身を置いている演奏会会場に居合わせられた幸運をひしひしと感じてもいた。彼女に焦点を合わせ、シャッターを切る、切る。手を止め、しばし連打に聴き惚れ、またカメラを構える。小山からの波動で機体がぐらつく。おもわず笑みが溢れる——ああ、ああ、それでも僕はやっぱり音楽が好きだ。

💿Discothèque/U2

U2を知ったのは、ひょんなきっかけ、U96というバンドとの混同です。
あの「Das Boot」でわたしの心臓を劇しくBootしたバンドが作ったほかの曲を聴こう……そうおもい、そのバンド名を思い出そうとして浮かんだのは「U」だけ。あと数字が付されていたっけ、ぐらいの曖昧記憶。
で、U2に辿り着いたわけです。で、ディスコテークに惚れました!
ディス・コォ・ツェエエック。ゴォ・ゴォ〜オ。ディス・コォ・ツェエエック。
この曲聴きながら通学すると、もうね(本日2回目)、歩調がミュウツーになります。地表から少し遊離するぐらい軽く、しかし足裏でビートも刻むことも忘れない。その音色にはどうも、全身の筋肉司令部を掌握されてしまいます。頭が、肩がおもわずリズムをとってしまうんだナァ……些細な誤認からの出合いではありますが、これはこれでイイ邂逅を果たせました。
U2とU96を分けて考えられるようになったのはごく最近です。

💿 La Fiesta/Michel Camilo&Tomatito

去年か一昨年開講の呪術人類学の集中講義にて、同じグループで四日間闘った同志の女性と意気投合しました。教官はにこにこ笑いながら平然とプレゼン課題を課すけれど、いくらなんでも発表までの準備時間が短かすぎた。1、2時間そこらで文献内容をまとめてパワポ作成するというタイトぶり。しかも各3人の超ミニマルなグループで事に当たらなきゃいけないとなったら、そりゃあ意気投合もするわ。
学生でも音楽家でもある彼女(すでに博士後期課程だという)とは、四日間という短い期間ながらさまざま語らった。互いに好きなオカルト映画を勧めたり(彼女は『不思議惑星キン・ザ・ザ』を挙げたのに対し、わたしは『プロメテウスの庭』と『神々のたそがれ』を選んだ)、小説・留学・ロマンスの話題を経巡ったりした。そしてやっぱり音楽の話が盛り上がる。わたしがキース・ジャレット好きと知って彼女が教えてくれたのが、アルバム『スペイン・アゲイン』です。
いやあビンゴ。琴線に響く音色、というか、わたしの内なる琴線を弾いているナマの音なんじゃないかとおもうほどのビンゴ。ギターのポロポロとピアノのフンフンとが熱っぽく抱き合っている、そのマリアージュに口角がひどく緩んだ。なるほどスペインである。青空のもと健やかに乾いた情熱が、あえて静かな楽器のフィルターを通すことでより際立っている。白いシャツこそフレッシュで元気な印象を与える、あれと同じである。太陽の香がするアルバム、『スペイン・アゲイン』。

💿ZOOLOOK/Jean-Michel Jarre

黄色い有象無象たちがおびただしく無性生殖を繰り返し、ジャールという名のユニマインドが発信するリズムに乗せて身をくねらせる——「Zoolook」を聴いていると、そんな突飛なイメージが去来する。
Amazon Musicが「関連アーティスト」として表示する音楽家の作品を片っ端から聴いて回るうち、つい先日ジャールに接近遭遇した。まずアー写にハートを掴まれた。鼠色のコンクリートを背に、黒一色の装いに身を包んだジャールが、まっすぐ画面向こうのこちらを見据えている。視聴者を試すように右眉の端がわずかに持ち上げられ、口角は引き締め、顎を軽く引くことで、不敵かつ無敵かつ素敵な印象を生んでいる。「ほほう、俺の音楽を聴こうってのかい」と声が聞こえてくるようだ。「おおう聴いてやるゥ」と虚勢を張りながら鼓膜に意識を注ぐ。そして——黄色でベタ塗りの有象無象たちの奔流に呑み込まれる。影も厚みもない、一歩誤ればチープに陥りかねない黄色たちだが、ジャールの精緻な手つきでシッカリ統御されることで恒星のような光輝のバランスを保っている。3分という短い時間に凝縮された無尽蔵の煌めきを満身に浴びていると、どうしたことか、我が肌膚もヴィヴィッドに黄色く染め上がっていく。困惑しているうちに有象無象たちに手を取られ、恒星表面に踊るプロミネンスに組み込まれる……
「聴く」主体を滅し去るようなゼットン火球的高温に打たれる一曲。

ポストリュード——

いつも通り文量が嵩み、書いても書いても切りが無い。
日曜日連載のはずがけっきょく月曜昼に雪崩れ込んでしもうた。
ま、なんとか書き上げられただけ及第点である。御容赦ください。

近頃はグラフィック・デザインに急接近を図っています。
昨日noteを中座したのち、ほとんど徹夜して『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』(川尻享一、朝日新聞出版、2020)を読み終えました。境界も時代も性差も専門も跨ぎ越え、広告に留まらない業績を多分野に遺した石岡の姿には「そっか、そんなことしてもいいんだ」と、多大に魅せられた。臆さず、妥協せず、他者と協働すること。それこそが「専門」を打ち破る要諦ミソなのであーる。

農家調査プロジェクトと美術館探査、不思議な二足の草鞋わらじを履くことと相成りましたが、これを着用しているからこその走りができたら幸い。

また書きます。また描きます。


Infinite Music Odyssey 過去の放送回

💿Thelonious Monk
💿Moonriders
💿Ausecuma Beats
💿Queen
💿Janko Nilovic

💿核P-MODEL
💿Talking Heads
💿Y.M.O.
💿Arvo Pärt
💿ゆらゆら帝国

💿古美術
💿naomi & goro
💿サカナクション
💿Keith Jarrett
💿エンニオ・モリコーネ

💿羊文学
💿胃脳グループ
💿Frank Sinatra
💿Earth, Wind & Fire
💿Sofia Portanet

💿Kraftwerk
💿ジョルジ・リゲティ
💿矢野顕子
💿大野雄二
💿Tom Room39

💿Lambert, Hendricks and Ross with Basie Band
💿有頂天
💿くるり
💿John Swihart
💿鼓童

💿エレファントカシマシ
💿三波春夫
💿椎名林檎
💿伊福部昭
💿Luciano Pavarotti

💿Kassian
💿Kelly Lee Owens
💿Caterina Caselli
💿24-Carat Black
💿キリンジ

I.M.O.文庫から書物を1冊、ご紹介。 📚 東方綺譚/ユルスナール(多田智満子訳)