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記事コメ:がん守る免疫細胞が活性化か

今日は少し気になった記事について考えながらマスコミ報道やサイエンス関係のプレスリリースについてコメントしたい。

今日付けで毎日新聞の記事に以下のようなものが出ていた(https://mainichi.jp/articles/20221026/k00/00m/040/028000c
「がん守る免疫細胞が活性化か 阻害薬で副作用の原因 米チーム」
オプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害薬」を使ったがん治療で、がんが急に大きくなり病状が悪化する副作用の原因を動物実験で突き止めたという論旨だ。

背景としては、オプジーボ、つまりPD-1阻害療法を受けた患者の約15%で腫瘍の急速な進行が起こるという現象がある。本来はPD-1という免疫抑制シグナルを阻害すると免疫が活性化(特にCD8陽性キラーT細胞が活性化)してがんをやっつけることが期待されるのだが、逆の現象が起きてしまうのだ。これは「hyperprogressive disease」(HPD)と呼ばれる現象で、その機序などが不明だったということだ。この論文ではマウスを用いて、CD8陽性キラーT細胞を減らした条件下でPD-1阻害処理をすることによってTregが優位になるという現象があることを突き止め、それがHPDの原因だとしている(Cancer Immunol Res. 2022 Sep 28;CIR-22-0041.)。

以前にキラーT細胞、Tregとがんの関係は記事で説明させてもらった。Tregは免疫を抑える働きを持っており、それががんという病気においてはマイナスに機能する(=がんを排除する免疫を抑えてしまう)のだ。PD-1が阻害されると患者の状態によってはTregの方が増えるという結果をもたらしてしまい、その結果がんが悪化するということだ。実はTregもPD-1を多く発現している細胞であり、TregでPD-1を阻害すると、Tregを抑制していたPD-1のシグナルが解除されてTregが増えるという事がある様だ。この機序そのものは非常に興味深い知見であり、がんやその治療について勉強したい方は是非参考にしてほしい。

さて、この話題について”私が思った事”は何かというのが本題なのだが、「この記事は別に新しい研究を話題にしていない」「PD-1によるHPDがTreg活性化によっておこることは既に報告されている」いう事である。2019年の時点でPD-1陽性Tregの活性化がPD-1阻害によるHPDの原因である事を、しかも日本人のグループが報告しているのだ(Proc Natl Acad Sci U S A.2019 May 14;116(20):9999-10008.)。ちなみにPubmedで「Treg HPD PD-1」と調べると5報ほど論文が出て来る。その中には類似の内容の論文もあるが、最初にこの機序の本質を報告したのがこの2019年の論文である。今回の記事の論文にはもちろん新しい知見が部分的には多く含まれているのだが、本質的な方向性として新規性が高いわけでもなく、この記事を見た時は何故今更この様な話題が日本のマスコミでわざわざ取り上げられたのか全く理解出来なかった。

実際のところ、今回に限らず普段から論文を読んでいると、「え、それ何が新しいの?」というレベルの研究がマスコミに取り上げられることは少なくない。では、一般的に報道される科学的な内容と言うのは、どの様なものなのだろうか。もしかすると皆さんは「非常に凄い価値のある研究」が報道されていると思うかもしれないが、それは殆どの場合間違っている。科学的な記事の大半は研究主体側が広報の為に発信する「プレスリリース」に基づいている場合が多いからだ。つまり、凄い研究かどうかではなく、「報道したい研究」としてマスコミに配信したものが記事になっているケースが大半である。もちろん何でもかんでも記事になる訳ではないし、報道側から依頼されて記事になる研究もあるのだが、その場合もコネや政治的な理由が多いだろう。ちなみに今回の記事はどういう場合かと言うと、記事担当の永山悦子という論説委員が元々先の筆者らのがん光免疫療法に興味があり、以前から一緒に本を出したりしていたので、やはり、そもそもの繋がりがあっての話である。良い悪いではなく、「科学的な事象」を論文以外の媒体、特にマスメディアの報道やプレスリリースから得た場合というのは常にこの様な冷静かつ客観的な視点で読み取ってほしいという事であった。

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