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言えないこと

さいきん、やたらと頭の中に浮かべてしまう人がいる。数ヶ月前に働きはじめたアルバイト先の、バーの上司だ。30半ばくらいの独身の人。女の人。

彼女は店の客からも人気が高く、彼女がいるかどうかを確かめて店に入っている人もけっこういたりする。ただ、失礼ながら、ものすごく美人とか可愛いというわけでもないから、ちょっとそれは不思議に思っていた。しかし、そんな私も、いつからか彼女のことが気がかりになっていた。

彼女が常連客から愛されている理由は、たぶん、話しすぎないこと、それから、適切な距離感を知っていること、だと思う。この人にはここまで言っても大丈夫とか、そういうのをよく分かっている。結構毒を吐くこともあるけど、決してアウトな線を越えることはない。

そういった仕事のスキル的なところで尊敬はしているが、私が彼女のことに興味を持ったのとはそれとはちょっと違う。

はははって笑う時の目の細め方とか、同調の「ねー」の伸ばし棒のトーンとか。お客さんと話してる時の彼女は、そこにちょっとした「諦め」みたいなものが見え隠れする。私はどうしても、それを見過ごせなかった。

アイドルでもないのに、自分のファンがあんなにもいるってどうなんだろう。本人に直接聞いたことはないけど。嫌そうな顔をわかりやすくしたりするわけでは全くないし、なんなら嬉しい感じではあるけど。でも、そこに、諦めのような、私なんてね、みたいな。そんなことされても平気だから、慣れてるから、みたいな。そういう卑下してるような感情がどうしても見えてしまって、つらい。

私のせいでお金の計算が合わなくて帰りが遅くなるときも、社員だから当然だよ、早く帰りなー!って平気そうに言うけど。結局残ったら、ほんと?いいのに。っていいながら内心安心してそうな顔だった。数秒後には二人分のビール開けてくれたし。どっちがいい?とか聞いてくれて。

あの表情が忘れられないんんだ。あのとき、私が聞いたら答えてくれたのかな。話せる人はいますか、正直な感情をそのまま吐ける場所はありますか。笑って誤魔化さないでもいられる場所。私、部下ですけど、ただのアルバイトですけど。喋って、愚痴って、怒ってくれていいですよ!

そんなふうに言えたらよかったのに。いや、だめだ。そんなこと言ったらあの人を余計に苦しめそう。なーにいってんのよー!とかって平気で笑って誤魔化されるに決まってる。

本音を言えてなさそうな人とか無理してつくってる人って、私、みてられないんだ。何か、してあげたくなってしまう。向こうはなんも求めてないかもしれないのにね。いらないお世話だよね。わかってる。でもそういう顔をする人を見ると、いてもたってもいられなくなってしまうのだ。なぜか分からないけど。この感情はなんなんだろう。わたしは、あの人の何になりたいんだろう。

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