心の声に耳を澄ませる ~認知行動療法と俳句、そして鰻~
ここ1か月くらい、認知行動療法の考え方を学びながら、アプリを使って日々の気分を記録している。認知行動療法とは、心理療法の1つで、まずは自分の「感情」を捉え、それがどのような「思考」から来ているのか、その思考の癖を自覚したり変えたりすることで、うまくストレスと付き合っていくというもの(らしい)。
1日2回、アプリに「気分」を入力するその瞬間、自分の心に耳を澄ませる。嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、怖い、イライラ、ムカムカ、感謝、不安、安心・・。自分の気分の揺れ動きを認知するだけでも、一定の効果があるという。それは、体感としても納得するところがある。
そして、この心理療法として有効らしき「心の声に耳を澄ませる」という行為。俳句を作る時に似ている、と思った。
何に心が動いたのか
先週、八ヶ岳で鰻をいただいた。芳しい香りとともに重箱が運ばれてくる。ひと呼吸おいて蓋を開ける。密かな歓声を上げる。
そこで、ふと思う。自分は何に感動しているのだろう?
蓋を開けた瞬間に目に飛び込んでくる、その姿。ツヤツヤした重箱に負けない照り。四角の中にぎっしりと詰められた、その迫力。大きなお皿の上に、大きな余白を残して盛りつけられたフランス料理とは真逆の世界観。
自分の心の中の、歓声の発生源を探しにゆく。
重箱を押し広げたる鰻かな
俳句の「伝える力」
これが意外と好評で(本当に意外だった‥)、俳人の方々から、たくさんの講評をいただいた。
〇鰻重の蓋を取ると鰻がたくさん入っているのだ。この存在感を「押し広げる」と表現している。羨ましいかぎりだ。
◎ごはんを鰻が圧倒しています。また鰻が生き生きしています。惜しみなく鰻が差し出され、主役の座を不動のものにしています。ボリューム感もあり、食欲をそそられます。
◎何という贅沢な鰻重でしょうか。重箱に鰻がぎっしり詰まっている様子を「押し広げたる」と表現なさったところがお見事です。ああ、食べたい!
〇:入選≒いいね ◎:特選≒超いいね
すごいのは、彼らはこの映像を見ていないから、17音の文字情報だけで、それぞれの脳内に(もちろん同じではないものの)映像が鮮やかに再現されたところだと思う。感動の根っこの先っぽが伝わると、そこを起点に映像がわっと広がる。
俳句の、自分の心の声に耳を澄ませる、いわば内省的な行為を促す力に加えて、それを人に伝えるコミュニケーション力の偉大さに触れると、いつも心が震える。実際は、受け手の力に依存することが大きいのだけれど。
コロナ時代の旅
今はほとんどの時間を家で過ごしているから、数か月ぶりに大きな自然に触れて、いつもと違う心の声がした。そんな小さな声に耳を澄ませて作った、あと2つ。
どちらも、自分の頭の中には実際に見た風景があって、それを見たときの感動があった。それらが17音を介して、どう伝わるのか。それぞれを、(風景を見ていない)先生の講評とともに。
渋滞を抜け出してより青田風
◎車で走っていると急に渋滞から脱け出ることがよくある。そういうときの爽やかな風を青田風と言っているのは、爽やかさが感じられ、それと共にあたりの風景も描き出せている。
夏霧や山辺の木々の深呼吸
◎夏霧の立ち籠めた中にある木々を見ていると、存分に夏霧を吸い込んでいるように思えるのだ。状景も良く感じられる。
芭蕉は、感覚を極限まで研ぎ澄ませるために旅をつづけた。俳句は、旅を友とする。だから自由に旅ができない今は、だんだんと身体感覚は鈍くなり、心の声は聞こえづらくなっていく。でも、だからこそ、細りゆく声に耳を澄ましつづけることが大事なのかもしれない。そして、電車にも飛行機にも乗らない日常の中に「旅」をつづけることが必要なのかもしれない。
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