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俳句は生きる姿勢 ~俳人 仲栄司さんに聴く(3)いまここで共有している時間

俳句とビジネスの2つの世界に身を置くからこその視点で、俳句からイノベーションを考えるという、前回のお話。それも一つのイノベーションかもしれないと感じました。さてここから、栄司さんの生きる姿勢を伺っていきます。

結果とプロセス

ーー 「墓碑はるかなり」出版後、また新たな執筆活動をされているのですね。

俳句は私自身の表現の一つですが、そこで言えることは限られます。それから、読み手に委ねる部分も大きい。だから、自分が伝えたい、主張したい、ということは文章で書きます。

いまは、「熱帯と創作」(東南アジアにおける日本の文人を中心とした作品鑑賞)の連載を書いています。この中で、東南アジアと日本人との関りを見ていくと、やはり戦争は避けて通れない、ということを実感します。そして、戦争についてもっと知らなければいけないとも感じています。

まず思うのは、「戦争はこうだ」とひと塊で語るものではない、ということ。そこには、一人一人の人間、一つ一つの人生がある。もちろん、俯瞰することは大事です。でも、ミクロの視点も忘れてはいけない。そして私は、そういう見方をしていきたいと思っています。

それから、「なんであんな明らかに勝ち目のない戦争に突っ込んでいったんだ」なんて、今だから言えること。戦時下にいない、安全地帯にいる人間が、後から非難するのは簡単なんです。でも、当時はそうじゃなかった。そうできない理由があった。どうしてそうなったのだろう。そう考えることが大事だと思っています。

そこから、「結果とプロセス」ということを最近よく考えます。これまで私たちは、結果ばかりを重視しすぎてきたんじゃないか。もっとプロセスに目を向けるべきなんじゃないかと。


共有している時間

ーー とても共感します。仕事でも「結果」のためにプロセスがあるわけではなくて、「プロセス」そのものが価値だと感じることは、よくあります。

生活の中でも、「共有している時間」を大事にしたい、と考えるようになりました。つまりプロセスなんですけど、「プロセス」という言葉がしっくりこないので「共有している時間」と置き換えたいと思います。「共有している時間」というのは、人と共有している時間であり、また、自然と共有している一人の時間でもあります。

昨年、父が亡くなってから、そのことを強く思うようになりました。父の死後、母と二人で上高地へ行ったんです。これまで旅行に出ると「あれを見よう」とか「あそこに行かないと」とか、目的に走っていました。でもその時は、どこに行く、何を見る、ではなくて「母と共有しているこの時間」を大事にしたい、と思ったんです。そんな思いで旅行したのは、初めてでした。

ーー 素敵な視点ですね。そして俳句も、作品(結果)だけでなく、それを創作する時間(プロセス)が尊いのではないか、と思うことがあります。

そうですね。俳句も、「共有している時間」の積み重ね、それが大事なのかなと感じます。句集を出すこと、賞を取ることは、もちろん素晴らしいです。だけど、それがすべてではない。一緒に句会をしている時間、あるいは、一人で苦労して作っている時間、つまり自然と共有している時間。その「共有している時間」こそが価値なんじゃないかと。そう感じます。

これは、仕事にも言えます。特に私たちの世代は、欧米型経営の影響を強く受けたので、数字至上、結果がすべて。でも最近「違うんじゃないかな」と思い始めました。

数字が達成できない。だからダメだと言うことは簡単です。でも、悩んで努力して、その結果だった。とすれば、どうしてそうなったのか、プロセスの方を考えることが大事なんじゃないか。現場を知らない人が、結果の数字だけを見て何か言うなんて、簡単なんです。

安全地帯にいれば、何とでも言える。でもそこではない、現場にいる人は違うんです。だからそこに降りていって、一緒に考える。そして時間を共有するのです。それが仕事だと思ったし、少なくとも自分はそうしたいと思いました。

仕事も、生活も、俳句も、すべて根底でつながっていくんですね。「生きる姿勢」に。

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お話を終えて

インタビューの間、栄司さんは、くるくると思考を巡らせながら、どこからか次々とやってくるひらめきを、目を輝かせて話してくださいました。「俳句は生きる姿勢」。そこから始まった話は、俳句の枠を超えて、イノベーションに、ビジネスに、歴史に、生活にと達し、また俳句に立ち戻っていく。その循環に、俳句の底知れない奥深さを改めて実感させられました。

栄司さんの句は、時に雄大でダイナミック、時に繊細でロマンチック。格好よくて、美しい。濃密で、透明。その世界観が私は前からとても好きで、それが話を聞きたいと思ったもう一つの理由でした。

そして、このインタビューを通じて、それを生み出すのは、柔軟でオープンで前向き。感覚を信じ、とことん探求し、変化を拒まない。生きることに純粋。そんな姿勢なのだと感じました。

最後に、栄司さんのいくつかの作品の中に、改めて作者の「生きる姿勢」を受け取りながら、今回の旅を終えたいと思います。

灼熱のカクテルに稿進みけり
商売にならぬ話や藤寝椅子
掛け合うて光まみれの水遊び
海に揺れ揺られて海月透きとほる
流灯の川曲がるまで込み合へる
大いなる海の時間とゐる海鼠
北窓塞ぎ定年を迎へ撃つ
花の辺に命おきゆく冬の蜂
(上智句会集「すわえ」第15~18号より)

(おわり)



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