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僕が発信する価値

先日、匿名のメッセージアプリとDMでこんな嬉しいメッセージが送られてきました。

ただただ嬉しかったです。

おそらく多くのアスリートにとって、観ている人に感動(いい影響)を与えることは競技を続ける上で大きなやりがいのひとつだと思います。

そしてアスリートがその感動を与えるのに、最もわかりやすい方法は結果や成績を残すことだと思います。

しかしながらそんな結果や成績を残せるのはトップアスリートのほんの一握り。僕自身、今までの体操人生を振り返ったときに圧倒的にいい成績や誰もが感動するような結果を残せているとは思えません。

ほとんどの選手がほんの一握りからあぶれたその他大勢になります。そして僕ももれなくそのうちのひとりです。

それでもだれかが観てくれていて、僕の演技や姿勢になにかを感じて、そのだれかの人生にいい影響を少しでも与えることができたなら、体操競技を続けてきてよかったと心から思えます。

こういったことについてJリーグ徳島ヴォルティスで活躍し、現在は社会人チームに所属する井筒陸也選手が下記のインタビュー記事の中で「まさにそれが言いたかった!」ということを言っていたので紹介します。

「本田圭佑選手など、トップ選手の言葉って抽象度がすごく高い。だからそれを聞いた人が自分事としてなかなか受け入れられない部分があるんです。身近ではなく、それこそ坂本龍馬など偉人の名言と同じようなものに思えてしまいます。これは本当に重要な部分です。それは彼らだからこそ言えることで素晴らしいことを言っていますし、すごく貴重で影響力もありますが、それをみんなが素直に受け取れるかといえば、そうではない。それよりも、身近なメンターから言われた言葉の方が自分の人生に大きな影響を与えたりする。僕なんかはむしろ、そういう立ち位置なのかなと思っていますね。マスに届くのは本田選手のように影響力がある人の言葉だけど、逆に僕のような選手だからこそ伝えられることもあるはずです」
「トップ選手は知名度も影響力もあるので、いろいろなやりたいことができますよね。でも、本当に発信をしていかなきゃいけないのは、僕のようにサッカーで“結果を出しているわけではない”側の選手だと思うんです。今みたいな時代だったら、“サッカーが上手い選手”と“サッカーが上手くてなおかつ発信もしている選手”だったら、絶対に後者の方がいいと純粋に思うんです」

僕がなんとなく感じていながらも言語化できなかったことを井筒選手はわかりやすく言語化してくれました。

トップ選手とは違った影響力を僕らは持つことができるのです。
見ている人が自分ゴトと思えるような発信は、時にその人たちを勇気づけ、何かのヒントになるかもしれません。

まだ見ぬ誰かのメンターになれるように、今後も発信を続けていきたいと思います。もちろん競技成績でも勇気を与えられるように努力します。


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ちなみに井筒選手とは同い年ですが、全く面識はありません。(笑)
いつかお会いできたらと思っています。


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