お電話

富良野で数十日間暮らしたことがある。
作家、倉本聰さんの舞台の仕事で、
東京、関西、九州、北海道、実に多方面から役者やスタッフが集まってきていた。

私は制作プロデューサーのアシスタント。ペンションを貸し切って、男女7-8人でシェアして暮らした。
Show must go onの世界、誰一人休んではいけない中
絶対に発症してはいけないもの、それは
インフルエンザ。
コロナが出てくる前、冬の大敵の代表格はインフルエンザであった。

その時すでに数人が発症していて、
先に発症した年下の男の子を、やっちゃったねーなどと弄っていたら
そんなに毎年かかりもしないのに
よりによって年始早々発症した私。
数日間部屋に軟禁、
仕事行けない、布団被りながら仕事、
外はマイナス14度の世界、
ダウン着て布団かぶって暖房つけても
なんかまだ寒くて熱が下がらずヒィヒィ言いながら
でもだんだん部屋にいるのが辛くなってきて
同じペンションに暮らしてる
役者さんやスタッフさんたちが仕事に
出て行った後にこそこそ外の空気を
吸いに出てペンションの裏で撮った写真。

画像1


あれからもうすぐ6年。
昨日の朝、倉本先生からお電話があった。

先生とはしばらくお会いできてないけれど、たまにこうしてお電話をくださる。
前以上にお元気そうな声に思わず「先生、なんだかすっごくお元気そうですね?」と言うと
「なんとか生きてるよ、声は元気、ところが首から下はだめだねぇ、はは」と言いながら笑い声も軽快。
私はその電話にすごくエネルギーをもらった。
このたまにいただくお電話は、先生にとって単に私の周りに起きていることの取材なのか、

でもやっぱり確認も含まれてるのかなと、いつも考える。
最後に絶対「なんか書いてるの?」って聞くのだ。

先生と初めて握手してから、もう10年が経ってしまった。

そろそろ先生ともっと面白い話がしたい。

先生がお元気なうちに。

ここ数日、良い意味でとても不思議なことがパタパタとたくさん起きた。

そういう時ってあるんだけど、久しぶりの感触。

怖がらずに前のめりに楽しんでいこう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?