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【短編小説】未来は悪の時代【SF】

未来人の俺が助言する。今のうちに正しい行いをしろと。

何言ってんだと?と思うだろうが真剣に聞いて欲しい。AIの時代が来るのは無知な君たちも知っている。だが君たちが想像するよりもはるかに生活の隅々まで浸透し君たちの行動を支配してしまうことになる。「ああ、はいはい。そういうことならわかるよ。そんなの未来人じゃなくても知ってる」と知恵のついた猿は言うだろう。甘い、甘すぎるんだよ。君たちに今俺が見ている光景を是非見せたいくらいだ。しょうがないからテキストで説明するしかない。俺は窓の外を見る。成人男性2人が道端でうんこをなすりつけ合ってはしゃいでいる。これが未来で流行っている娯楽の一つなんだ。変なクスリをやっているわけではなく、正常な成人男性が純粋な遊びとしてやっている。他にも、不細工な人が注目されスターのようにもてはやされ、そのように整形手術する人間も現れる。若者たちはいかに汚い言葉が使えるかを競い、スラングボキャブラリー試験がそこかしこで行われ、悪態教室が大盛況になる。例えば挨拶がこうなる。

「あいかわらず轢かれたネズミみたいなツラを俺に見せんなよ」
「おっ、なんか汚ねぇけつの穴がしゃべってるぜ。くせぇから近寄んな」

といった感じだ。なぜこうなるかというと、AIの支配により常に正しい行いが、善の行いが半ば強制され、あらゆる悪が覆い隠されるようなってしまうからだ。夜中にポテトチップスを食べることさえ困難なんだ。君たちが深夜にポテチを食べたくなったらコンビニで買いすぐに食べることができるが、我々は会計を通すことさえできない。明日食べる分だと言っても無理だ。かわりに明日食べる時間を聞かれ、その時間に無料で届けたりしてくれる。しかも、健康を害さない規定量しかくれない。俺の場合たったの5枚だ。さらに深夜にポテチを買いに行ったという記録が永久に残り、国の福祉サービスを受ける際に不利な材料になる。こういったことが積み重なると国から受ける様々なサービスが減額され、我々は貧しい生活に陥る。こういった環境で、未来の世界では悪は希少価値を増し、ストップ高状態にあるのだ。

つまり、未来は悪の時代になる。我々はいかにAIによるマイナス評価にならない範囲で悪を行おうと苦心する。前述のうんこをなすりつけ合う大人たちがいい例だ。いい生活はしたいが、悪もしたい。未来人はこの二律背反な欲望を満たすために想像力を働かせている。

ちなみに俺の息子は君たちの価値観でいうイケメンだが、お小遣いを節約しブサイクになる整形費用を貯めている。悪態教室にも通い、ブスな女にもてるために一生懸命努力をしている。

反対に善の価値はストップ安だ。それはありふれていて、気づかれもしなく、空気のように存在している。他人に親切にしてもはただのポイント稼ぎにしか見られない。あっこの人マイナス評価を覆したいんだと思われ、哀れんだ目で見られるだけだ。正しい行いをすれば喜ばれる時代はもうないのだ。

そういうわけで、いまのうちに正しいことをいっぱいするんだ。
何が正しいか、何が善なのかなんて議論は無駄だ。
自分が正しいと思ったことをやればいい。やったあとに湧き上がる感覚、感情こそが今最も貴重なのだ。
美しいこともいっぱいするんだ。その純粋な喜びを感じられる最後の時代に君たちは生きている。
悪いこともいっぱいしろ。
それはお前の本当の欲望を露わにし、生きる道標になるだろう。
言いたいことは言った。あとは勝手にしろ。

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