【お薦めの一冊】 私たちが不合理な意思決定をしてしまう理由とは? / 「不合理だからうまくいく」 ダン・アリエリー
今まで多くの本を読んできました 。
その中には、私の人生に良い影響を与えてくれた本が沢山あります。
そんな本の感想を書き留めておくことで、私自身の備忘のためにも、また、これを読んで下さった方の本選びにも、少しでもお役に立てればと思っています。
1.私たちは職場でも家庭でも不合理な意思決定をしている
本書は、同じ筆者の著作である「予想通りに不合理」の続編です。
前作同様、行動経済学という、人間の不合理な行動を解き明かす一作となっています。
なお、前作の内容につきましては、以下をご参照下さい。
前作の「予想通りに不合理」では私たちの一般生活における不合理な行動に焦点を当てていましたが、本作では、職場と家庭での場面によく見られる状況に焦点を当てています。
本書も前作同様に、多くのユニークな実験に基づき、私たちが実際にどのような場面で不合理な行動を取るのかを教えてくれます。
上述の通り、その内容は大きく職場編と家庭編に別れています。
【職場での理屈に合わない不合理な行動】
第1章 高い報酬は逆効果
第2章 働くことの意味
第3章 イケア効果
第4章 自前主義のバイアス
第5章 報復が正当化されるとき
【家庭での理屈に合わない不合理な行動】
第6章 順応について
第7章 イケてる?イケてない?
第8章 市場が失敗するとき
第9章 感情と共感について
第10章 短期的な感情がおよぼす長期的な影響
第11章 わたしたちの不合理性が教えてくれること
いずれも興味深い内容ですが、以下では私たちの資産運用に関連した内容について紹介させて頂きます。
2.高い報酬は逆効果
(1)仕事におけるボーナスの影響
本書の冒頭では、職場における不合理な行動として、高額なボーナスが必ずしも高いパフォーマンスには影響しないことを証明しています。
具体的な実験はインドで行われていますが、そのユニークな方法はとても興味深く、また、実際に自分が被験者であればどのような気持ちになるか想像しただけで相当なプレッシャーを感じます。
本書で行われた数々の実験から明らかになったことは、以下のことです。
(1)単純な機械的作業(例、ボタンをひたすら連打する。特定の文字を書き続ける等)であれば、高いボーナスはパフォーマンスを高める
(2)頭を使う作業(=認知的スキルを求められる作業)であれば(例、計算をする。創造的な解決策を考える等)、高いボーナスは逆にパフォーマンスを低下させる。
このことは、実際に私たちの行動を想像してみても分かるはずです。
例えば、1時間以内に1万回以上キーを叩くことが出来れば100万円の報酬が貰えると提示されれば、報酬が1万円の場合と比べれば、指が痛くなってもキーを連打するでしょう。
また、キーを叩くという作業には、プレッシャーによる影響もほとんど受けないので、高い報酬が高いパフォーマンスに繋がり易いと言えます。
一方、1時間以内に複雑な計算問題を20問正解できれば100万円の報酬が貰えると提示された場合、どうでしょうか。
計算問題を解いている際も、頭の中に100万円が常にちらつき、プレッシャーによる焦りが相当な影響を与えるはずです。
この計算問題を解くといった認知的作業の場合、キーを連打する作業と異なり、プレッシャーによる影響を大きく受けることになり、高い報酬が逆にパフォーマンスを低下させることに繋がるのです。
このように、高額な報酬は、プレッシャーや緊張を高め、パフォーマンスを低下させるのです。
そして、特に、頭を使う仕事(=認知スキルが求められる仕事)ではその傾向が顕著になります。
(2)投資における影響
私たちのこのような性質は、投資活動においても大いに影響します。
なぜなら、私たちが行う資産運用や投資は、単純な機械的作業ではなく、まさに認知的スキルが求められる作業に該当するからです。
そのため、そこには高い報酬が脳裏に浮かぶほどパフォーマンスにも影響を与えてしてしまうのです。
例えば、1万円の投資であれば、合理的な判断ができるでしょうし、多少損をしても、冷静な思考を保つことができます。
自分自身に置き換えて考えてみても、1万円の投資で冷静な判断が出来なくなるほどプレッシャーを感じる方は少ないと思います。1万円の投資をした結果、相場が気になり常にチャートを見ていて仕事が手に付かなくなるという人もいないでしょう。
では、100万円ではどうでしょう。
1万円の投資であれば、冷静な判断が出来た人でも、100万円の投資となると、相当なプレッシャーを感じるのではないでしょうか。
100万円ではプレッシャーを感じないという方も、1,000万円ではどうでしょうか。
例えば、1,000万円である銘柄に株式投資をしてみた自分を想像してみて下さい。
おそらく、少しの株価の変動でもドキドキして、冷静な判断が出来なくなってしまうのではないでしょうか。
少額の投資の際には、冷静な判断により利益を上げることが出来たからといって、高額の投資の際に、同様の判断が出来るとは限らないのです。
このような感覚は、実際に投資を行った経験がある方は実感しているかもしれませんが、今後、投資をしている際にプレッシャーを感じるようなことがあれば、自分の思考パフォーマンスが落ちて、冷静な判断が出来ていないかもしれないと頭の片隅に入れておいて損はありません。
3.イケア効果・自前主義のバイアス
(1)イケア効果
私たちは、労力をかければかけるほど、その対象に対する愛着も大きくなるという性質があります。
本書では、これを「イケア効果」という面白い呼び方をしています。イケアで買った家具は、自分で組み立てる物が多いですが、自分で組み立てるという労力をかける結果、ただの既製品に比べて、より愛着が湧くことからこの呼び名をつけています。
例えば、あなたが1分間で書いたスケッチであれば、気に入らなければその場で捨てることも簡単ですが、学校の授業や課題で10時間かけて書いた絵であれば、それを捨てることにためらうのではないでしょうか。
さらに、この「イケア効果」に前著で指摘された「所有効果」(詳しくは、こちらを参照)も加われば、労力をかけて手に入れた物に対する評価は、過大になる傾向があると言えます。
私たちの部屋が、いつまで経っても多くの物で溢れており、他人から見えれば不要な物が捨てられないのは、私たちのこのような性質上、仕方がない一面もあるのです。
(2)自前主義のバイアス
さらに、このような「イケア効果」は、物に対してだけでなく、アイデアに対しても生じてしまいます。
本書では、それは「自前主義のバイアス」と呼んでいます。
自分で考えて生み出したアイデアに対して、愛着を感じ、それを高く評価して固執してしまうという状況です。
本書では、電球を発明したトーマス・エジソンも、この「自前主義のバイアス」に陥っていたと指摘しています。
エジソンは、送電方法については直流送電に固執し、その後の世界標準となる交流送電を一方的に非難し続けていたのです。
また同様に、ソニーのエンジニアも「自前主義のバイアス」に陥り、iPodなど他社の発明を優れた物と考えていなかったことが指摘されています。
(3)投資における影響
そして、この「自前主義のバイアス」も、投資活動に大きく影響することになります。
それは、自分が考えた、または、見つけた投資方法・銘柄に愛着を感じ、それに固執してしまうという点です。
この「自前主義のバイアス」は、自分一人でゼロから考えついたアイデアだけでなく、他人のアイデアであっても、そこに自分の労力が少し加わっただけでも、生じることがあります。
例えば、投資雑誌にオススメ銘柄が10社挙げられていた場合、その銘柄に関する情報をネットで少し調べたり、財務諸表を自分でホームページで調べたりした結果、5社を選んだのであれば、その5社を選んだという自分のアイデアに対して「自前主義のバイアス」が生じてしまいます。
その結果、たとえその5社の株価が下がっても、「自分の投資判断は間違っていないはずだ。きっと近いうちに上昇する。」と自分のアイデアに固執し続けてしまうのです。
投資において、損切りが出来ない理由の一つとして、この「自前主義のバイアス」が働いているのです。
他人が投資で損をしているのに、損切り出来ずに塩漬けになっているのをみて、「自分だったら冷静に損切り出来るのに」と感じるのは、そこには「自前主義のバイアス」が働いていないからなのです。
自分が損をすると、「自分のアイデアが間違っているはずがない」と途端に「自前主義のバイアス」が働き、冷静な判断が出来ず、いつまでのそのアイデアにしがみついてしまうのです。
4.順応
(1)悲しみも嬉しさも長くは続かない
多くの方は、これまでの人生において、大きな挫折や悲しみ、または、喜びの機会があったかと思います。
それらを経験した当時は、そのような悲しみから二度と立ち直れないのではないかと思ったり、あるいは、そのような喜びがいつまでも続くのではないかと思ってしまいます。
しかし、人間は、自分たちの想像より早く、いかなる状況にも順応することが分かっています。
実際の研究では以下のようなことが明らかになっています。
調査対象は以下の3つのグループの人たちであり、
(1)宝くじ当選者
(2)普通の人
(3)半身不随の人
それぞれ、宝くじの当選や、半身不随になった出来事のあった日から1年後において、生活全般における満足度を調査しました。
その結果、確かに、宝くじ当選者は普通の人より満足度は高く、半身不随の人は普通の人より満足度は低かったが、その満足度の差は意外なほど小さかったのです。
つまり、宝くじに当たるとか、半身不随になるといった人生を変えるような大きな出来事でさえ、時間とともにその影響は大幅に薄れていってしまうのです。
確かに、私たちは、人生において、大学受験や就職などの場面で、大きな喜びや悲しみを味わっていますが、その当時の喜びや悲しみが今も続いているという方はいないはずです。
たとえ嬉しい状況であっても、悲しい状況であっても、人はいつかは順応してしまうのです。
(2)投資で得た利益も、被った損失にもやがて慣れてしまう
このような順応は、私たちの性質の中でも、不幸や逆行から立ち直る手助けをしてくれるという点では確かに有り難いものです。
しかし、このような順応が原因で、投資判断においては適切な意思決定が下せないことがあることも事実です。
例えば、時々、投資で1億円の利益を上げていたにもかかわらず、さらに大きな利益を上げようとして失敗して、結局無一文になってしまう人の話を聞きます。
周りの人から見れば、1億円もの利益を上げたのであれば、もう十分ではないかと思ってしまいます。
しかし、実際に1億円の利益を上げると、人間は1億円の利益に順応してしまうのです。
その結果、もはや数百万円の利益では何も感じることが出来なくなり、より大きな投資を行い続けてしまうのです。
同様に、投資における損失にも人間はやがて順応してしまいます。
例えば、レバレッジなどをかけて投資で大きな損をしても、その当時は大きなショックを受け、二度とそのような無茶な投資はしないと思っていても、やがてそのショックを忘れ、再び同じような投資を繰り返してしまうのです。
しかも、例えば一度100万円の損をすれば、その損失に慣れてしまい、次回以降は、100万円の損失であれば以前経験しているから大したことは無いとまで思ってしまうのです。
このように、利益を上げた時も、損失を被った時も、この順応という性質が影響し、私たちは冷静な判断が出来なくなってしまう恐れがあります。
5.職場や家庭での行動のヒントも詰まった一冊
上記では、主に資産運用に関連しそうな事項について紹介させて頂きました。
ただ、本書には他にも興味深い指摘が多くあります。
例えば、
第5章 報復が正当化されるとき
などはそのタイトルだけで興味を惹きつけられるかと思います。
また、
第9章 感情と共感について
も非常に面白い内容です。
例えば、以下の事例を考えてみて下さい。
(1)ある日の帰宅時に、駅の改札の前で一人の女の子が泣いていました。声をかけると、「帰りの電車賃200円を無くしてしまった」と言っています。あなたは200円を女の子にあげるでしょうか。
(2)ある日の帰宅時に、駅の改札の前でNGOが募金を行なっていました。耳を傾けると、「200円の募金があれば、アフリカの10人の子供たちに各種のワクチンを打つことで命を救える」と言っています。あなたは200円を募金するでしょうか。
実際にこのような場面に遭遇すれば、おそらく(1)の方が200円をあげる確率は高いのではないでしょうか。
しかし、合理的に考えれば、(1)で救えるのは一人の女の子の帰りの電車賃であり、(2)で救えるのは10人の差し迫った子供の命です。
それでもなぜ、私たちが(1)の方に200円をあげようと思ってしまうのか、その原因が本書では解説してあります。
このように、本書では、私たちの身の回りにある、よく考えれば不合理な行動を改めて気付かせてくれ、そのような行動を回避するヒントを教えてくれます。
読んでいて、ハッと思うことが多い一冊です。
本日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
記事に関する質問など、何でもご遠慮なくコメント頂ければ幸いです。まだまだ勉強不足の身ですが、できる限り回答させて頂きます。