<小説>ハロー・サマー、グッバイアイスクリーム 第一回 前口上 ハローサマー
Chapter 0 前口上 ハローサマー
ひたすらに暑い夏で、最後は海に辿り着いた。
俺と女はそれぞれの理由で逃亡者だった。下手な映画の結末みたいだ。
しかし世界中のどの場所でも逃亡者が逃げ続けていれば最後は海へ行き着くのだから仕方ない。
その夏が始まるまで海になんて行くようなライフスタイルじゃなかった。年中通して街の、それもビルの地下とかそういうところで過ごしていた。
海なんか実在するのか?セットで作られたものばかりだとヤケクソだかやっかみ半分で信じていた。
青い空と、白く波が浮かぶ海面。筋肉自慢のナルシスト連中のにやけ面みたいな太陽。ちょっと勘弁してほしいほどまっすぐに突き刺さる。
あとアイスクリーム。
アイスクリームといえば、あの白人の神父が子供の頃によく買ってくれた。
俺の母は南方の生まれで、その地域性かクリスチャンだった。月に2回は俺を連れて教会へ行って、同年代の子供と遊んだりしていた。
そこの神父だ。俺たちにお菓子を用意して、夏にはよくアイスを食わせてくれた。
しかし神父は子供と遊ぶのが好きだが、子供で遊ぶのも好きだったらしく、教会の前に止まったパトカーへ乗せられたっきりだ。きっと海を渡って祖国へ帰ったのだろう。
それからしばらくして母親に海へ連れていかれた。砂を掘ったり母親の腰にしがみ付いて波打ち際ではしゃいだ。
夕方になると母親は俺にアイスを与えてどこかへ行った。それ以降会っていない。
アイスクリーム。アイスクリーム?
俺達を追っていた連中の何人かは結婚指輪をしていた。つまり妻か、もしかしたら子供もいるのかもしれない。連中も夏になったら子供と並んで浜辺やプールでアイスクリームを食べていると思うと少し笑える。
警察官なんかの公務員もいれば、国家以外の組織と契約したプロもいた。合法か違法かの違いはあっても、連中の暴力への確信や忠誠みたいなものは共通していた。
連中の暴力はレジ店員が商品をスキャンしたり、ゴミ収集作業員がゴミをぶん投げるようだった。
夏になれば連中も子供にアイスを買ってやるのだろう。
サングラスはもう少しカジュアルなものにするとして、まさか麦藁帽?悪い冗談みたいだ。
しかしかく言う俺だって管理売春組織の幹部だった。世間的には呑気にアイスクリームを食うのが似合う職業ではない。
管理売春だってまともに税金を納められる業態でやれば大手を振って会社員として市民生活もできるしアイスだって食える。
しかし俺の会社が扱って商品はちょっと特殊で、税金を納めるにも面倒だし、国としても納められても困るタイプの、市場の中でもかなりニッチで、希少価値と潜在的需要の高い、ある客のが言うには「満たされなかった少年期の淡い想い」とかを抱えている連中に奉仕する、まあ子供だ。
つまり俺はロリコン相手のポン引きだ。
ちなみに一緒に逃げる成り行きになった女も俺の会社の商品だった。
子供で(「と」じゃない)遊ぶことは大体の国では禁じられた遊びってやつだが、禁じられれば禁じられるほどほしくなるのが人間だ。
円がもっと強かった頃は盛りのついた中年連中が週末ごとに海を越えた異国で少女を買い漁っていた。しかし締めつけは厳しくなり、国外で逮捕されるリスクもかつてより高い。
逮捕されて要求される賄賂は円の下落と途上国の経済成長のおかげで週末のお小遣いでは賄えないのだ。
そこに払えるギリギリの価格と秘密保持を俺の会社は提供した。ソリューションだ。
正直、儲かる。コストやリスクはでかいがそれが付加価値になる。そして高く売る。商売の基本だ。客も高い単価を払えるだけの社会的地位があるから口も堅い。
決して褒められたものではないのはわかるし、言い訳もしない。
しかし、なんにせよ、俺だってアイスを食って夏を満喫していたのだ。あの夏だけは。
あの夏から始まった一連の騒動、というか騒乱、動乱?
なんだっていい。誰だって知っていると思う。新聞も、ネットも、とにかくその話ばかりだ。俺はいつの間にかそれに巻き込まれていた。
昔から順を追って話のが苦手で、よく怒られているし、長い文章なんて警察の取調べ調書を取調官というゴーストライターに助けられながらしか書いたことがないし、それにしたって最後に署名押捺しただけだ。取調べの警官はみんなペン習字でも習っているのか上手い字を書く。
とにかく、書いてみよう。不思議なほど細かいところまで覚えている。
信じてくれないかもしれないけど。夏だったんだ。
第二回へ続く
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