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275日間、16700kmのカブ日本一周終えて。


275日間、16,700キロメートルの長旅を終えた。


長旅といっても僕の感覚の中では、ほんの一瞬だった。スタートした時、こんなに長く旅をするとは思っていなかった。こんなにたくさんの人と出会うと思っていなかった。


旅をする前というのは、いつもふわっと旅に出る。


何かこれを達成したい、何かこれこんなことをやり遂げたい!というような強い想いではなく、本当にフラットな気持ちで。


長野県辰野町からスタート。そのときの写真。



こんなことをやりたい、こんなことを成し遂げたいみたいな強い思いというのは旅には必要ないんじゃないかとも思う。


最近は、〇〇の旅に出ます!〇〇を達成させます!といった旅をする人が多いが、これは旅という本質から少しずれているんじゃないか。

旅なんて本当にどんな目的でも良く、そして目的なんていらないとも思う。


まず世界に、外界に出てみることで、今まで知ったもの、今までの自分の狭い固定概念というのがとてもちっぽけに見えてくるはずだ。

なんて世界は広いんだろう、なんて日本はデカイんだろう、そんなことを思うはず。

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僕もこれまで海外に行ったり、青春18切符で旅をしたり、ヒッチハイクで日本縦断してみたり、たくさん旅をした方だと思う。

はじめての海外放浪 大学卒業後半年間のバックパッカー
ヒッチハイク日本縦断 博多→札幌

ただ今回の日本一周というのはまた別の違った本当に新鮮な旅となった。


今までの旅と今回の旅。何が根本的に違ったか、そこを深掘っていくと、おそらくだけど、人との絡みの濃さだと思う。

今までの旅というのは、こんな場所に行きたい、こんな景色を見たいといった場所ありきの旅。


ただし今回の旅は、何も考えずに、何の目的もなく旅に出たので、時間にも左右されずに、その都度目的を変えて充実な旅を送れた。

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具体的に言うと、最初の1-2ヶ月というのは日本一周を達成するといった、移動が目的の旅だった。


東北、北海道というのは次の場所へ次の場所へ、という気持ちが強く、どんどん前に進むような旅。

雨具も日本一周の看板もなくふらっとスタートした。
東北沿岸沿いを爆走
北海道で見た今まででいちばん綺麗だった夕焼け


1日に300キロメートル(北海道稚内-網走)走ることもあり、進むことが目的だった。



ただし途中からは、旅に慣れてきたのか、時間という壁がだんだん透明になってきたのか、1つの場所に長く滞在することが多くなった。

旅のスタイルを変えた北海道斜里町クリオネキャンプ場🏕
斜里岳登山 北海道では百名山めぐりもした。


滞在する時間が長くなるにつれ、旅の目的というのは移動ではなく、学びの旅となった。



農業を学び、塩づくりを学び、コミュニティーを学び、人との温かさを学んだ。常に学びが自分の周りに存在している。

屋久島ワーケーション 縄文杉へも
はじめて養鶏に出会った場所 佐賀県「本間農園」
長崎県五島列島 暮らしの学校えん 塩づくり
スーパーおじいちゃん 和夫さんの家で自給自足を学んだ


学びが旅の目的になった瞬間、僕の旅はさらに充実するようになった。


今まで、農業なんてちっとも興味がなかった僕が、養鶏を学び、有機農業を学び、自然農業を学んだ。


人が生きていくということ、生物が生きていくということは、という"起源"的な思考に至った。


そして日本一周をしている上で一番興味を持ったのは、「日本の暮らし」だ。


日本の暮らしは美しい。田んぼがあちこちに広がっていて、昔ながらのかやぶき屋根の家が残り、そこに住む人の表情はとても充実して見えた。


都会で働いていた僕は、土に触ったこともなく、毎日アスファルトを踏んづける日々。

会社員時代
会社員アドレスホッパー 家無しサラリーマンとしてTVも出た笑
プロテインを飲んで筋トレする日々 会社員時代


新鮮な風を浴びることも、野菜に触れることも、人の温かさに触れることもなかった。


高いビルに囲まれていた僕は、窒息寸前だったんだと思う。毎日が息苦しく、満員電車ではパニック症状も起こした。


どこに行くのにも、どこで休憩するのにもお金がかかり、僕は居場所を失っていた。


働いても働いても、お金が手に入るだけで、出費もかさみ、結局何を生み出しているのか。自分は何なのか。自分自身を失いかけていたんだと思う。

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ただし日本一周の旅に出て、ぱあっと世界が、そして生き方広がった。まるで赤ん坊がはじめて動物を見たときのように、ぱあっと。




生きる起源。生活していくための起源。

こんなことを考えるようになった。生きていくためには基本的には、「住処と食糧」。この2つがあれば生きていける。


カラオケも、ショッピングセンターも、ディズニーランドも別に必要ではない。生きていく上では、住と食が必要だったんだ。


そして、人が生きていくためには、「人とのつながり」これが1番大切に思えた。


人との結びつき、挨拶、ありがとうという感謝の言葉、がんばれ!と、応援する言葉。この人との結びつき、これこそが人として生きる真骨頂だと思う。

会話ができる、意思疎通が図れる、思いを伝えることができる。これは人しか持っていない、大きな強み。


僕は人とのつながりの中で生きることを選択した。

都会のビルに囲まれて、窒息寸前の生活ではなく、自然の中で、田んぼの中で人と結びつき、挨拶をし合うそんな日常。


家族を大切にし、子どもを大切にし、近所の人を大切にする。そして友達を大切にする。そんな日常を送りたい。


人との結びつき。


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まずは、おばあちゃんちがある福井県永平寺町で生きていくことに決めた。


これは僕の中で、人生の中で1番の決断な気がする。


今までは、福井県から大学で山梨に行き、海外に行き、都会に暮らす。ごく一般的な考え方のもと、ごく一般的なレールの上を歩いてきた。


ただし、今回の決断というのは、そのレールから外れることになる。


都会に暮らし、お金を稼ぎ、毎日残業し、飲み会に行く。そんな生活から一歩外れることになる。

田舎は職がないとも言われている。そんな生活を目の前にした僕は、今とても不安。


本当にやっていけるのかどうか、本当に生きていけるんだろうか。そんな不安が毎日僕の頭をよぎる。


周りの人には、家族には、田舎で生きているいけるわけがない。仕事をしていないお前がそんな理想論を語るんじゃない。そんなことを言われる。

日本一周をしいろんな経験と学びをして生きていくんだ!と思っていてもすごく、すごく不安。毎日、毎日不安。


築150年のかやぶき屋根の家で本当に生活していけるのか。おばあちゃんと生活していくというのは本当に可能なことなのか。


そんなことを毎日考える。


❇︎


日本一周から1ヵ月。


完了したの時はやる気に満ち溢れていたんだけど、やっぱり燃え尽き症候群というか、一時的にやる気を失っていた。

この1カ月間、日本一周の出来事を文章化にしたい、動画にしたい。そんなことも思ったけどやっぱりやる気は起きなかった。


このやる気のなさというのは、やっぱり将来の不安、これからの生活をやっていけるのかという不安。それに駆られていたんだと思う。


でもやっと、1ヵ月経ってやっと動き出す気が起きてきた。

おばあちゃん家で生きる!その思いを実現させたい!という思いが強く心の中から湧き出てきた。


先祖が残してきた家を自分の力で守りたい!都会から田舎へ引っ越したいという人の先頭に立つような行動を起こしたい!そしてそれを実現させたい!そんな思いがふつふつと。

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でも、この想いに到達できたのも、やっぱり人の力だ。


Facebookで投稿した内容にたくさんのコメントをいただき、Instagramであげた投稿にもたくさんの励ましの言葉をいただき...僕はたくさんの人に支えられている。


そんな時に思う。やっぱり1人では生きていけない。ということを。


たくさんの人と、つながりを持って自分なりに一生懸命に生きていきたい。今までいろんな人に支えてもらったぶん、次は僕がいろんな人を支える番だ!と。


そしてまずは身近な人を幸せにしたい。家族、友人、そしておばあちゃんを。




僕は人とのつながりの中で生きることを決心した。これから築140年のかやぶき屋根の家で暮らす、ということは、とても大変なことだと思う。


やることもたくさんだし、草もボーボーだし、床は落ちて梁は腐っている。


おばあちゃんとうまくやっているいけるのかもわからない。田舎でやっていけるのかもわからない。


でも、それ以上に僕の気持ちはワクワクしている。おばあちゃんが残してきた大切な宝物を、僕の力で再び輝かせる。その未来まで。


❇︎


僕は一生懸命に生きたい。


そしてこの決断が良かった!と、思えるその日まで。僕は自分なりにコツコツと、頑張ってきたいと思う。


最後に、東京の会社を辞めて、日本一周に出て本当によかった。いろんな人と出会い、いろんな経験をし、いろんな絶景を見れた。


日本はこんなに魅力的なんだ、と本当に思う。日本に生まれてよかった。日本人として生まれてよかった。そんなことを強く思う。


旅に出る。それはつまり、周りを知るとともに、自分自身を知ること。そして自分1人では生きていけないということを知ること。


僕の日本一周の旅はそんな感じだ。

まだまだこれからも旅をし続けていきたいし、自分の暮らしを充実させたい。人生という旅はまだ始まったばかり。


僕は今28歳。おそらく100歳まで普通にいけば生きるはず。残りの72年間。なにをしようか!ワクワクが止まらない。

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