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将来の悩み

最近、コロナのせいで就職活動が進まないし、
外から遮断された日常送っていると、将来のことが心配になる。

幸い、自分の大学がオンライン授業になったものの、自分のバイト先、親の仕事先にあまり影響は出ていない。自分の近くでコロナも出ていない。

外に遊びに行けない、趣味の釣りができない、と不満はあるものの、すごく恵まれた環境にいるんだなと認識する。

ニュースで見ていると、親の収入がなくなるので退学を希望している学生が2割もいることを知る。
その中に勉強がしたくてしたくてたまらない人もたくさんいるんだろう。
私立の大学では授業料が高い、だから大学受験の時に頑張って国公立の大学に入る学生。
高い奨学金を借りて学校に通う学生。
家族を助けるために一つでも多くのことを学ぼうとしている学生。

そんな中、自分は毎日それほどに緊張感を持たずにここ2か月ほどを過ごし、勉強...はしているが、将来のため、まだ先のことに感じて実感ない。


...なんか申し訳ない。誰に対しての申し訳なさなのかわからない。
今頑張ってくれている医療従事者の方なのか?コロナ被害者なのか?
こんな申し訳なさ誰も求めてないし、意味がないんだろうけど。

自分だけでも精一杯生きてやるか!
と思って将来のことを考え始める。本を読んだりもする。勉強する。

自分は何かに集中するという事が苦手だ。
だから集中力を高めるために、瞑想したり、勉強環境を変えたりして集中力を維持する。

今、コロナ自粛でどんなスキルを身に着けるよりも、どんな知識を付けるよりも、集中力を身に着けたほうがいいなと思った。


集中力の他にコロナ自粛の内に進めておきたいのが、ある程度の人生観のようなもの。
哲学、というとそんなに大したものじゃないだろうけど。

先日どこかのサイトで、人生を楽しむ10か条的な記事を見た。
その中で「自分の哲学を持つ」というのがあった。
他の9か条も魅力的な考え方だったが、どこかで聞いたことあるモノばかりだった。
自分の哲学

哲学者」で調べると過去にかなり多い数の哲学者がいたことを知る。
それぞれに内容が被っているところ、正反対な所、全く違う見方をもっている人。
読んではいないが、たくさんの哲学者がいるという事は、それだけたくさん見方があるという事なんだろう。
という事は人それぞれに、真新しい哲学を持ってもいい。ということだ。

これまで、~学とかは一方的に学ぶものばかりだと思っていた。
自分が知っているすくない知識の中でも「それは違うやろぉ」って思う考え方もある。それをこれから人生を送っていく上でどんどん塗り替えていく。

そのためにも、今やれることは、今までの人生の中での哲学を完成させること。過去を振り返ること。

過去を振り返ると、嫌なこともたくさん出てきて、しょっちゅう自己嫌悪に陥る。

でも、やっておいた方が、コロナ明けに自分をしっかり持てると思う。

時間はあるから、ゆっくり、ゆっくり。

殴り書き失礼。