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【創作小説】見るに耐えない④ 童話

昔々ある所に、ユカイでノンキな猫たちが暮らす、平和でのどかな国がありました。
しかしある日突然、魔者の軍勢が現れ、猫たちの世界を侵略しにやって来たのです。
猫たちが敗北してしまえば、みんなドレイにされて、大好きなお昼寝も奪われてしまいます。
どうにかしたい猫たちでしたが、平和しか知らないカワイイ猫たちです。
話し合いも作戦も責任も、みんな擦りつけあって上手くいきません。
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こうして一匹のトラ猫は、周囲のお膳立てと空気に流されて、勇者に仕立て上げられました。
いざ勇者になってはみたものの、トラ猫は何をしたらいいか全く分かりません。
特訓をしてみたり、調べてみたり、観察したりしましたが、スライム1匹倒せません。
実際のおシゴトは、臭くて、汚くて、キツい事ばかりでした。
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オオカミ達の力やフクロウの知恵、トカゲ達の技術、モグラの財力を駆使し、とうとう猫たちは魔王を倒すことに成功しました。
世界に平和が訪れ、猫たちはこの喜びに祝杯をあげます。
くる日もくる日も楽しい宴が続きました。
しかし肝心の勇者、トラ猫の様子がおかしいのです。
いくらもてはやしても、おいしいネコワインを与えても、何も反応がありません。
勇者トラ猫は、廃人のように何も語らなくなっていました。
宴に酔いしれる他の猫たちとぶつかり、うっかりトラ猫は川へと落っこちました。
どんぶらこ、どんぶらこと遠く、遠くに流されて
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「お待たせいたしました。チャイティーラテと、クリームソーダトッピング三連アイス、ベリーサツマイモミントでーす。」

店員は一言も噛まずに、この呪文のような名前を唱えながらドリンクを差し出す。視線はどうしてもチャイティーラテの奥へと向けられてしまう。

おしなべてクリームソーダというものは、緑色のソーダにバニラアイス、アクセントに赤いチェリーという様が一般的だが、そんな普遍性など無惨に押しつぶされ、赤、黄、青の球体が重力を操りながら均衡を保っている。
アイデンティティーを奪われたドリンクを、ヒョウカは体をやや後ろへ反らしつつ、冷ややかな目で見る。
「それ面白いと思ってやってんの。」
注文した当人であるサクシャは、グラスを慎重に引き寄せながら、何故か照れ臭そうに答えた。
「頼めばやってくれるんだなって。」


安いモーニングと大容量、柔軟なカスタマイズが売りの喫茶店は今日も平常営業だった。
今月始まったバレンタインフェアは継続しており、天井からはハートを象ったモビールが靡いている。


「一応ほぼ書けてんじゃん。」
汚い字で書かれるコピー用紙は、いつもより文字の密度が高い。が、文末の長音符号はミミズのようにくねり曲がり、行の体裁を放棄している。その部分を指差し見せながら、これはどういうこと、とヒョウカが尋ねと、サクシャは溜息をつく。
「最初は結構いいセンいってる話が書けそうだと思ったんだ。」
サクシャはアイス用のスプーンを握りしめながら、悔しそうに説明し始めた。

「トラ猫が無理難題を乗り越える話だったんだよ。でもなんだか色々やらせるうちに、これって当人のキャパシティ超えてるんじゃないかって気づき始めたら、だんだんトラ猫が鬱々とし始めてしまって。」
泣きそうな表情でしばらく黙った後、だんっ、とスプーンを握る拳をテーブルに叩きつけた。

「世界を救うなんて、こんっな重ってぇ仕事、猫チャンにさせたらアカンのや!」

だからそれ以上は今考えられない、と言うと、悔しそうにアイスをわしわしと食べ始める。
ああ成程、とヒョウカは改めてコピー用紙を見直す。


こめかみを指で支えながらヒョウカは思考し始めた。さてどうしたものか。
……今回は意外とコメントに困る。猫が廃人になるのはともかく、平和な世界に現れた悪を倒す、という点で割と正当な話だ。文章だけでこの量と展開はやや弱い。それなりに話は出来ている、だからこそ形として物足りない。童話調で語られているのがまるで絵本。であれば、いっそ絵本にする方が好ましいか。どんな下手くそなコイツの絵でも、添えられていれば案外、様になるんじゃないか。絵じゃなくて写真はどうだろう。何の関連もない写真でもそれっぽくなるかも……いや分からん。そもそも、それは私が考える事だろうか。大体どういうものにしたくて、これを書いているんだ。……。


「怠い。」

ヒョウカはコピー用紙を、ぴしゃっとテーブルに置いた。
「駄目かい?」とサクシャはアイスを頬張りながら聞き返す。
両手を組み口元を隠す姿勢、エヴァンゲリオンの『イカリゲンドウ』と同じポーズをとっている彼女は尋ねた。
「なんで毎度々々、アタシに意見を依存するのさ。」
サクシャはきょとん、とした顔をしている。
「それはだって」という言葉に、ヒョウカは反射的に顔を背ける。その質問の答えを、彼女は分かっている。自ら掘った墓穴。この店に呼ばれる根源。手を組み直したり、指をさすったりと、質問を振っておきながら挙動不審になりかかっている彼女に、サクシャは屈託ない回答でとどめを刺した。

「ヒョウカさん、文芸部部長じゃないですか。」

『イカリゲンドウ』の姿は既に無く、頭のつむじを抱え込むようにしてヒョウカは項垂れている。
丁寧に処理された爪先は、テラコッタ色につやつやと輝き、パーマ掛かった髪に絡み付いている。
「それは中学の頃の話だし、部長といっても雑用係みたいなもので……。」
二度も蒸し返される過去を白状する声は、囁くような弱々しい声だった。

「まさか、恥じておられるのです?」
続けざまに煽られるこの仰々しい言い回しにも、ぐっと堪えて頭を上げ、「いや部活は楽しかったよ。」と訂した。

「これにも好奇心がないと言えば嘘になる。」
とコピー用紙を指差す。そして、その手を引っ込めると腕を組み、正面に座るサクシャに再び尋ねた。
「書いて私に見せるのは分かったけど、それでどうしたいの。」

途端にアイスを食べる手を止め、サクシャは神妙な顔になる。
「私はね、恨んでいるのさ。」


「生まれてからずっと、ずっと、『サクシャ』ってこの名前であることを。名前のせいで弄られ続けてさ。親だって、ふざけて付けた名前じゃない。だけど一々説明したり、あしらったり、いい加減煩わしくって。行くとこ行くとこ、そんなに言われるんだったらさ、いっそのこと本物になってやろうじゃねえかって。」

「でなきゃ、私が生まれた意味が分からん!」

サクシャの涙のルーツ、その四分の一にはガンジス川が流れている。
その川の雄大さや滋味深さに比べれば、この日本においてサクシャなどあまりに、顔が濃い。

わあわあ言いながらアイスを食べるサクシャを、見ていて飽きないものだなと、ヒョウカもチャイティーラテを口にする。
「なんだかカレー食べたくなってきたよ。今日の特売セールなんだっけ。」

本日鶏もも肉、百グラム76円也。


(終)

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