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【創作小説】見るに耐えない⑤ 旬


雲一つない空は青く、注ぐ日差しも柔らかい昼下がりの午後。人で賑わう喫茶店にて、向かい合いながら座る二人組が居た。

長い黒髪の女の手には、一枚の紙切れが握られている。そして向かいの女に差し出すように、指先でそれをテーブルへ滑らせる。
向かいに座る煉瓦色の巻き髪の女は、手にしていた飲みかけの柚子入りほうじ茶を側へ置くと、何も言わず差し出された紙切れに目を通した。

白い紙には、いくつもの言葉が書かれている。

カフェテリア いつのまに
見てるだけ このところ
親知らず フラメンコ
横たわる
ーーーーーー
アストロノート ここらで一度
力みなぎる コモドドラゴン
不忍池 森羅万象
ーーーーーー
ごま団子 ミミズ腫れ
しゃぼん玉 日は暮れる


「……新手のポエムか何かかしら。」
ヒョウカは怪文書のような文字の羅列を、額に指を当てながら推測している。
方や書き手であるサクシャは、お濃い茶ラテ桜フレーバー蜜柑マカロン入りに刺さったストローを手に、口元を綻ばせ語り出す。
「これは俳句、もしくは川柳の素なんだ。」

サクシャは話を続ける。
「始めの五文字の語群からひとつ、真ん中の七文字の語群からひとつ、そして下の五文字の語群からひとつずつ選べば、自ずと一句できるという寸法なんだ。」
「はあ。」
流石に俳句は明るくないんだよな……しゃぼん玉って季語だったっけ、などと考えつつも、実際のヒョウカはチベットスナギツネみたいな表情をしていた。が、サクシャはお構いなしに説明を続ける。

「で、今ここに始め7種、真ん中6種、最後4種とあるわけ。その各々から一つずつ選ぶやり方は、7×6×4で168通り。実質、今ここに168通りもの句が書けたも同然となる訳よ。」
ヒョウカは改めて紙を眺める。紙きれの脇の方をよく見ると、算数の掛け算らしき数字が、薄ら汚い字で書かれている。

「……最後の語群は始めの語群に入れても良いんじゃないの。そこにこだわりはある訳?」
いや全然、とサクシャは否定する。なら、とヒョウカは続ける。
「下の語群も五文字の語群と換算して、11×6×10で660通りか。」
凄い増えた、とサクシャは目を輝かせる。
「松島や〜の句みたいに、同じ言葉を選んでも良いのなら、11×6×11で……726通り。」
もっと増えた、とサクシャは更に目を輝かせる。

「単語さえ増やしていけば、いけるんじゃない?」
「いやいや、全部書いてから言えって。」
ヒョウカは口直しするかのように、ほうじ茶を素早く飲み、一呼吸置いた。そして改めてサクシャを嗜める。

「全部書くってのは、出来れば本当にやった方がいいよ。良くないものの方が多いだろうし。その中で良さげなものを見繕ってやって、作家性って出るもんなんじゃないの。」
「面倒くさいなあ。」
「創作ってそういうものだから。」

ヒョウカは肩で息をするように溜息をつくと、首を手にもたれて、目を閉じたり遠くを見たりしている。
サクシャは、飲み物なのか食べ物なのか分からない抹茶ラテを、ざくざくして美味いと言いながら啜っている。


「…………いたずらに、過ぎる時間と、溜まる腹。」

声の主はヒョウカだった。サクシャはきょとん、とした顔をしていたが、五七五であることに気づくとおおっ、と感嘆の声を上げる。
ヒョウカの口元も、にっ、として口角が上がる。

「良いことを教えてやろう。俳句や川柳を作るコツはどうやら、下手に深い意味を込めようとするよりも、めちゃくちゃ普通のことを言う方がそれっぽいんだよ。」

へーっとサクシャは感心した声を出すと、天井を見上げながら考え始めた。暫く経つと、漏らすかのように呟く一句が聞こえてくる。

「……………………前後ろ、上斜め横、右左。」

ヒョウカはそれを聞いてがっくり項垂れると、したり顔で持論を語ってしまったことを恥じた。自分は間違っていたのかもしれない、と。
「うわ、大丈夫?イワベンケイ飲む?」
俯いているヒョウカを案じ、サクシャは自分の脇に置いていた鞄の口を開け、「イワベンケイは六文字か。」と言いながらサプリメントのボトルを探している。
「……それ、全然効かねえって言ってたやつじゃん。」
テーブルを見つめるばかりのヒョウカは、紙切れに手を伸ばすと、羞恥心に目を伏せるかのようにそれをそっと裏返す。紙の反対の面はスーパーのチラシであり、『うまいもの、特別価格、大セール!有名店監修抹茶ロールケーキ439円!!』のゴシック体が目に飛び込んできた。
もう駄目だ、今日はこれを買って帰ろうと、そう心に決めたのである。


冷たく当たる風もだいぶ柔らかくなった。最早冬の空気でも無い。
河津桜はもう咲いてしまっただろうか。

(終)

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次話▼


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