【創作小説】見るに耐えない⑥ 忙殺カラー
とある町に、安いモーニングと大容量が売りの喫茶店が存在する。
某有名店舗をモデルにしているが個人経営であり、節操ないメニューの多彩さが特徴的で、地元住民の憩いの場となっている。
この喫茶店に、二人組の客の様子が見える。
長い黒髪の女は、栗色で巻髪の女に謝罪をしているようだ。黒髪の女は毎度、この喫茶店に彼女を呼び出しては、自身の創作の添削をお願いをしている。しかし今日もまた、見せる書き物が無いのだと告げている。謝罪された相手は、それは全然構わないと答えたが、それ以上に気になる物があった。
申し訳なさそうに揉む手の上に鎮座するその顔には、薄いブルーのボストン型サングラスが掛けられている。
無言の問いかけに、サクシャは答えてみせる。
「ムニクロにかっこいいサングラスがあったから、ヒョウカさんに見せたくて。」
「……創作してない罪悪感でもあるのかと思えば。」
「いや、キューテンとラクテンのセールで忙しかった。」
「はあ。」
オモチャっぽく無いよ、とサングラスを手渡してみせる。フレームはプラスチックだが金属で繋ぎ止めてあり、鞘がふらつくこともなく折りたためる。確かに悪くない、とヒョウカが答えると、サクシャは得意気な顔から一転して溜息を漏らし、遠い目をしてみせる。
「……全身ムニクロと言ってウケをとってきた身としては、現代のそれが当たり前かつ、おしゃれという風潮に戸惑いがある。」
「いつもなら『時代が自分に追いついて来た』って喜びそうだけど。」
複雑なんだよな〜と言いながら、桜ザクザク酔いどれ浪漫ピスタチオフラペチーノに手を伸ばす。
「正直言えば、ハードルが上がっているのかもしれない。」
サクシャは少し俯いている。ヒョウカとしても、創作についてあれやこれやと言ってしまう負い目がないこともない。
「確かに、書きたいテーマやジャンルを抱えているのが理想だけれど、オマエはそういうタイプじゃない訳だし。」
サクシャはすんと肩を落とし、眉尻が下がりきらしている。
「だからこそ別に、何書いても良いと思うけど。」
ヒョウカはソファーの背もたれに、どさっと寄りかかると腕を組んだ。
「こっちも正直言えば、下手なことを言うとカウンターパンチになるんだよね。」
この件で今一度改めて言っておくけれど、と前置きする。
「毎回なるべくフラットに言っているつもりだけど、あくまでいち素人たった一人の感想である訳。アタシ個人の偏見や趣好が入り込んでしまうことは否定できない。それで、無意識にこっちの好みだとか都合だとかに誘導しているかもしれない『嫌さ』があるのね。」
組んだ腕の下でささくれが気になるのか、親指の爪の付け根辺りを別の爪で弾く度に、ぱちっと音が鳴る。
「……何が言いたいかというと、好きに書いて欲しい。」
サクシャは猫背になりながら、ヒョウカの顔をじっと見ている。
「真面目なこと言うじゃないですか。」
「本気でやらない創作はダサいから見てられないだけ。」
「一応、毎回あれは私の本気だぞ。」
「思いつきでやってるだけにしか見えねえよ。」
「それは否定できない……。」
「作家になるんだー、とか喚いてたじゃん。」
「いや、プロになりたいという訳では……。」と、自分の髪の毛先をいじり始める。ふと、余所を向いた視線の先にいる店員を見つけ、あっと声を出した。あれを見ろ!と言わんばかりに、サクシャはその金髪ボブの人物を指さす。
「イエベ春、骨格フェミニン、顔タイプアクティブキュート。……麗しのパリピだ。」
低い声のトーン、ナレーションのような語り口調で続ける。
「……昼間は喫茶店の配膳係、しかして、その正体は……!」
同級生の設楽さんだ。ここでバイトしてたんだ、などと言う会話の気配に気づいたのか、金髪の彼女はこちらに向かってひらひらと手を降っている。にかっと笑った歯には歯列矯正のワイヤーが光る。
「パーソナルカラーとか知ってんだな。」
「どう言う意味よ?」
「あんまり興味ないかと。」
「ひどい。」
「今日化粧してないよね?」
「してるわあ!めっちゃアイシャドウぐりぐり塗っとるんじゃ、よく見ろ!」
サクシャは目の当たりを指さす。ヒョウカは訝しい顔をしつつ、じっと目を凝らして見てみれば、瞼周辺がグレー掛かった色味をしているようで、あー、と気の抜けた声を放つ。
「化粧してるって分かる色選べや。」
面倒臭いんだよなあと、不満そうにテーブルに両肘をつき、へちゃむくれた顔でサクシャは話し始めた。
「こういうことの最低限は色々としているけど、ぶっちゃけ面倒くせーって思うよ。こんな習慣、全部放り出して、日の当たる原っぱに大の字になって寝転んでさ。太陽の光がんがん浴びて、それで、そのまま大地に溶けて死にてぇなって、なる。」
そんな台詞を聞くと、ヒョウカはぽかんとしてしまった。体が固まったように動かなくなっている。次第にその表情は、険しいものへと変化していった。
「………………なんて恐ろしいことを言うんだ!」
家の中でも日焼け止めはつけろ、弱いので良いから、保湿だけは特にしっかりしろ、あんたみたいなのが十年二十年経って後悔するんだぞ、あとオマエは眉マスカラだけとにかく塗れ、と矢継ぎ早に捲し立てた。
「いや、例え話だから……。」とか「今日のスーパー何が安い日だっけ。」などと遮ろうにも、「今日はチラシ出てねえよ。」といなされてしまう。
「考えることあり過ぎ、破裂しそう。」
圧倒されたサクシャは頭を抱え込み、髪の毛をくしゃくしゃと掻き乱している。
「我ながらパーソナルカラーと聞いて、ひりついてしまったわ。」
ヒョウカは落ち着きを取り戻そうと、だいぶ温くなったルイボスティーを見つめる。
「あれは手持ちのコストを最小限に、と謳っておきながら沼に嵌る罠でもある。新種の肌色差別すら生まれているし。」
サクシャは、あっ、と何かに気づいたようだ。
「ドラえもんはブルーベースだな。」
ヒョウカはうーん……と唸ると、ルイボスティーを一気に飲み干す。カップには中身が注がれた位置に、鮮やかな色素が染みついている。
「ビビッドウィンターか、或いはビビッドスプリング。」
3月は、何かと忙しいものだ。
(終)
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