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【創作小説】見るに耐えない⑦ 蕎麦


八階建てマンションの五階、東の角部屋から数えて三つ目のとある一室。
飾り気のないキッチンに、巻髪を束ねた女が一人佇んでいる。

三つ口あるIHコンロの一つ、鍋の中はふつふつとした小さい気泡が立って、直に沸騰しそうな頃合いである。
女は、大きいトマトを賽の目角に刻むと、食器用の白い深皿へ直接放り込む。沸いた鍋には乾燥された蕎麦を一束。

蕎麦が茹で上がるまでの間、おもむろに取り出したオリーブオイルをトマトの皿に直接注ぐ。
そしてバルサミコ酢、ハーブソルト、黒胡椒、麺つゆを少々。

緑はあっただろうか。冷蔵庫をむんずと開け、パセリのような気の利いたものは無いかと探る。
安いという理由だけで買い物カゴに放り込んだ、存在感の薄い袋入りの大葉が目に入る。

大葉を細切りに出来た頃合いで、茹で上がった蕎麦を網ざるへ空けると、迅速に水で締め上げる。
水けをしっかり切ったら、調味液に浸かったトマト皿の中へばっと入れ、よく混ぜる。

仕上にパルメザンチーズを振り掛けようとしたところで、ふと手が止まる。

そもそも、これって何て料理なんだ?


物心ついた頃から家で出てきたし、特別料理名も無い炒め物だとか、実はそういう類だろうか。
しかし使う材料もある程度決まっている。既に存在する、普遍的なレシピと思って良いのだろうか。

後日、喫茶店で待ち合わせた友人に訪ねてみれば
「えっヒョウカさん、随分と変わった食べ方してますね。蕎麦。」
と、驚きと何故か喜びが入り混じったような返事をされた。

その瞬間、今まで食べていたあの料理から急激に想起される
母親の言葉に叫びそうな頭を抱え、心配してる友人を他所目に、うう、と俯くのである。


「食べればガレットと一緒だから!」


(終)

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次話▼


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