【創作小説】見るに耐えない① 紙
あらすじ
本編
鼻先よりも長く伸び切った前髪。毛を払い避けることもせず
その茂みの隙間から見つめる先には、まっさらなコピー用紙。
微かに震える手で、百円のボールペンを走らせる。
「…………………ねえ、『にじみ』出るが『しじみ』になってる。」
コピー用紙に汚い字で書かれた文章を読みながら、ヒョウカは向かい席に座るサクシャにダメ出しをしている。しかし当の本人は、自信があるかのように目を見開いており、口元には不敵な笑みすら浮かべている。
「正気でない表現になるかと、あえて残してみた。」
「そんなの分かるか。読んでいて急に冷めるのよ。」
「駄目かあ、駄目かなあ。」聞こえるか聞こえないか、小さい声で呟く。
安いモーニングと大容量が売りであるファミレスにて、二人が座るテーブルにはジンジャエールとタピオカミルクティーナタデココ入りが並んでいる。
ヒョウカは気怠そうに添削を続ける。
「だいたい前半ページ、妻の行動からなんだったの。会社で不倫を斡旋したり、義母の遺産に丸ごと手をつけてFXするとか嫌〜な話ばかりで、登場人物も全員性格破綻し過ぎてるし、どこにも感情移入出来ないのよ。」
「フェアじゃないかなと思って。」
コピー用紙から顔を上げ、無言で意図を伺うようにサクシャの目を見つめる。
「いや、最初クズみたいな女主人公として書いていたんだけど、段々腹が立ってきたから、もうお前らで殺し合えと思ってしまって。」
「はあ。」
ヒョウカはコピー用紙をテーブルに置き、ジンジャエールを一口飲む。
少し間を持って、サクシャに率直な感想を伝えた。
「部分的には面白いけれど、全体的に何の話だったか分からない。サスペンスなの?」
「……分かんない。」
「分かってねえもん書くんじゃねえよ。」
「分かりきったことを書くのが小説なのかよ!」
先程のしおらしさと打って代わり、サクシャは声を荒げる。
そう表情がころころと替わるサクシャと違い、ヒョウカは淡々と話し続けた。
「前にファンタジー書いたかと思えば次に少女漫画。ホラー、ミステリーと来て、突然官能小説なんてものをやった果てに、今回は動画広告で流れてくるカス漫画。どうしたいのさ。」
左腕の関節辺りを右手でずっと揉みながら、何かを探しているのか、
探すふりをしているだけなのか、サクシャはよそばかり見ている。
「大体なんで毎回、書いたものそんな私に見せにくるの。」
「書けたら見せてって、この前は言われたよ。」
ヒョウカは少し考えた後、当然のように答える。「言ったかもしれない。」
「どっちにしろ、アタシもオマエも素人なんだから、何も上手いことも言えないよ。」
「別に上手いこと言われたい訳じゃないよ。」
半個室で仕切られた席。複数客も居れば単体客も居り、それぞれは会話に勤しむなり、茶を嗜むなり、スマホを眺めるなりと、自分たちだけの時間を過ごしている。
しばらく無言が続いた後、ヒョウカはああ、と何かを思い出す。
「他人に興味がないと小説って書けないらしいよ。」
サクシャはへらへらとした表情から一転し、むっとした顔をする。
「誰がそんなこと言ってたの。」
「何かのネットニュースで見た。」
「そんな、誰が言ったか分からん事なんか、間に受けてらんないよ。」
そう言ってコピー用紙をひったくると、ぐしゃぐしゃに丸めてしまった。
どちらともなく溜息が漏れ、タピオカミルクティーナタデココ入りのストローの袋がテーブルの端へ、そそくさと追いやられる。
「いやこう、思い込みがあるんじゃないかって。」
サクシャは一度丸められた紙を再び広げると、軽く皺を伸ばすよう机に広げ、さする動作をする。
そして折り畳んだり広げたりしながら、ぶつぶつと話し始めた。
「なんで鶴折ってんの。」
「鶴折ってないよ。いや思い込んでいるのよ。職人は壺を壊すモノなんじゃないかって。作った壺を大事にしているなんて駄目で、古いんだろうなあとか、いやつまんねえなって思っても、書き続けなくちゃならなくて、そしたら小説は十万文字からだって聞いて、全然足りねえってなって。段々、大事に作ったものほど、いっそ壊した方がいいんじゃないかって。」
サクシャのまとまらない愚痴を聞きながらも、ヒョウカの目線は遠くにある
壁掛けの振り子時計を指している。辛うじて時刻が読めるそれは本体が所々掠れており、古ぼけた成りに反して振り子が元気に行ったり来たりしている。
「でも他人に興味ないから、じゃあ小説書けないとか芸が無さすぎるだろ。」
「ほう。」
ヒョウカは改めてサクシャの顔を見つめる。その目はなんとも言えず、生暖かい。
タピオカミルクティーナタデココ入りのストローが入っていた袋が、紙を折る風圧でふいに宙を舞い、二人の間まで舞い戻ってきた。
「何が言いたいんだっけ。」
「言いたいことが色々あるのは、なんとなく分かる。」
壁掛け時計から、四時を知らせるチャイムがごーんごーんと店内に鳴り響いた。
「あっタイムセールの時間だ。」
「今日は刺し盛り900円だぞ!急げ!」
創作物を放り出したまま、伝票だけ引ったくるように掴み、店員を急かすようレジ前のベルを鳴らしながら会計を催促し、そして慌ただしく店を出ていった。
人が居なくなったテーブルを片付けに、いそいそとやってきた店員は空いたグラス二つの間に横たわる、精巧に折られた紙製のザリガニを見て驚き、思わず声を出した。
「うおっ」という低くも大きい声に反応した周りの客も、ぎょっとしながら店員を見やる。
その視線に気付いて、店員は我に返ると襟を正し、その視線たちに声を掛ける。
「どうも、失礼いたしました。」
(終)
ーーーーーー
次話▼
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?