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【創作小説】見るに耐えない② ジョバンニ

ジョバンニはラッコの上着に激怒した
まだ陽は沈まぬ飛べ飛べ犍陀多
トンネルを抜けると犬と猫
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、有難い有難い
「走れ銀河鉄道、吾輩の笛である」


「純文学のクソコラはやめろ。」
汚い字で書かれたコピー用紙を見ながら、ヒョウカは手で口を覆い、少し体を捩った姿勢で小刻みに震えている。向かいに座っているサクシャは、悪びれもせずに答える。
「二次創作なら、人が見るかなって。」

安いモーニングと大容量が売りの喫茶店は、内装も冬仕様になり、雪の結晶や天使を象ったペーパークラフトが天井から吊らされ、空調の風を受けながら軽やかに揺らめいている。
そして低い衝立で仕切られた半個室のテーブルには、湯気が薫るアメリカンコーヒーと、ウインナーコーヒークリーム二倍ホワイトチョコ山掛けが並んでいる。

やっと落ち着きを取り戻したヒョウカは、二次創作という言葉に引っかかりを感じつつ、姿勢を直すとサクシャの方へ顔を向けた。
「人に見せる気があるなら、然るべきところにでも載せたらいいんじゃないの。」
「いや、ヒョウカさんに読んでいただきたくて。」
サクシャに仰々しい呼び方をされ、ヒョウカはやや苦い顔をする。
なし崩しに始まったこのお茶会が、”自分で蒔いた種”である事を思い出しながら、ヒョウカはぼりぼりと後頭部を掻き、気怠そうに感想を述べる。

「二次創作と呼ばれる類とも違うし、これを二次創作と呼ぶなら最悪の形。漱石や賢治に呪われそう。」
「いっそ守護霊になって、取り憑いてくれないかな。凄いの書いてやるわ。」
「自分の言葉で書きな。」
一つ低いトーンで返した台詞は、客の居る店内にも関わらず、稀な一瞬の静けさによって、いやにはっきりとした言葉となり、いっそ述べた本人の頭の中にしばらく居座った。

コーヒーソーサーのスプーンをひょいと取り上げ、ぴかぴかした金属製の楕円の窪みを見つめてみれば、だらだら伸びた髪の毛を携えた顔が、こちらを覗きこんでいる。
「実際、一次創作って取っ掛かりが無いと誰も読まないよね。」
そんなことないよ、とヒョウカは言ったつもりだったが、実際の声としては発せられていなかった。

逆さまに映った自分の顔を、あらゆる方向へ伸ばしながらサクシャは呟く。
「そもそも私自身が本を読まないからさ、本を読む人がどうやって本を選んでいるか分からない。」
「本を読んでいる人に読んで欲しいの?」
サクシャは「どうかな。」と言い、ウインナーコーヒーのクリームをスプーンで弄り始めた。
クリームは掬っても掬っても、底部にある筈の液体が見えて来ず、ひたすら甘いだけの固まりを何度も口に運ぶ。

ヒョウカはしげしげとコピー用紙を眺めていたが、あれ、と何かに気づく。
「これに似たようなの、読んだ事あるような気がする。」
「ええ、いつ?」
必死にクリームを頬張っていたサクシャが顔を上げる。しかしヒョウカは暫く無言になった後、少し首を傾けながら答えた。
「覚えてない。」
「覚えててよ。」
「それだけ、この発想が陳腐ってことだよ。」
厳しいなあと返事をするも、サクシャは何故かへらへらとした表情で、またクリームを突き始めた。

まあちょっと面白かったよ、という前置きをしつつ、コピー用紙を掲げてヒョウカはサクシャの目を見、真面目に尋ねる。
「一応聞くけど、こういうのを書く人ですって言いたいか?」
首を捻ると即答するように「そうでもない。」とサクシャは言い、再びスプーンを咥える作業に戻った。


壁掛け時計の鐘がごーんごーんと店内に響き渡り、午後四時を知らせる。

「あっタイムセール始まる。」
「今日なんだっけ?」
「ハーゲンダッツ詰め放題。」「行くか。」

机に放り出されたコピー用紙は、所々水滴で滲んで文豪たちの言葉をかき消す。
そしてコーヒーカップには、ミルクコーヒー色の痕跡。


(終)

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次話▼


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