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体の弱さと連休の哀歌

 ここ数日、私の体は私に訴えかけている。そのメッセージとは、「お前はもはや若くない。それに対応するよう、行動を見直せ」というものだ。まるで老い先短い猫が飼い主に向ける視線のような、ある種の哀愁が含まれている。

 朝、目が覚めたとき、私は昨夜の体調不良を引きずりつつ連休の二日目に突入していた。特別な日だ。理由は簡単で、妻が昼から数時間不在になるため、息子と二人っきりの時間が訪れるからだ。息子が鮮やかに動き回る中、一緒に遊んでいると私の体力が急速に消耗していくことを実感した。彼のエネルギーは我が家の電池と対照的だ。

 特別な出来事が妻の帰宅と共に訪れた。息子が初めて掴まり立ちをしたのだ。彼の小さな手が確実に成長を遂げている証だ。だが、その興奮も束の間、YouTube撮影のため、私は自分の部屋に篭る必要があった。風邪の後遺症か、咳と鼻水が止まらない。それでも、私は薬を飲んでなんとか乗り切った。

 夜が来て、薬の力かもしれないが、一時的に体調が上向きになった。その結果、私はビールを飲むという決断を下した。しかし、その選択は間違いだった。体調は急速に悪化し、睡眠もままならない。昨日よりも辛い夜が待ち受けていた。

 そうして今日の終わりに、私は思った。「禁酒しなければ」と。人間が何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。それはビールと睡眠の間でも例外ではない。そんな人間の弱さとは、永遠のテーマなのかもしれない。

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