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映画レビュー『空白』(2021)善と悪に分けられるほど単純ではない

娘を亡くした頑固な主人公

主人公の添田充(古田新太)は、
漁師を勤めています。

職人気質の強い頑固な人間で、
一度、自分がこうだと思うと、
絶対に意見を曲げない人でした。

漁師仲間の間では「仕事のできる人」
という評価もあります。

一方で、家庭の方はうまくいかず、
妻とは離婚して、
中学生の娘と二人で暮らしていました。

何かあると、すぐに怒鳴り散らす
父の影響もあってか、
寡黙で大人しい女の子です。

そんな子がある時、万引きの容疑で、
スーパーの店長(松坂桃李)に
店の奥に引っ張られていきました。

女の子は、その後、
店長の制止を振り切って逃走し、
店から逃げ出します。

店長がそれを追いかけていくと、
女の子は、道路に飛び出し、
乗用車とトラックに立て続けに轢かれ、
命を落としてしまいました。

言葉ではなく、映像で伝える

ここまでが本作の
冒頭10分程度の内容です。

DVD のジャケット、
ここまでのストーリーからも
わかると思いますが、
かなり重いストーリーの映画です。

しかし、観づらかったかと言われれば、
まったくそんなことはなく、
こんなに重たい内容にしては、
観やすかった印象が強いです。

というのも、この監督の映画は、
過去にも『ヒメアノ~ル』という
殺人をテーマにした作品を
観たことがあるのですが、

映像の作り方が、
ものすごくうまい監督なんです。

この冒頭の10分だけでも、
そのうまさは、
充分に味わえると思います。

説明的なセリフが一切なく、
すべてを展開のしかたで、
瞬時に理解させる映像でした。

濃い内容の話をテンポよく
見せていく映像なので、
気がつけば夢中になって
観てしまいます。

107分と、最近の映画にしては、
短い尺の作品ですが、
普通の映画と同じくらいの
ボリューム感です。

それは内容の濃さから
きているものだと思われます。

「善」と「悪」に
分けられるほど単純ではない

とはいえ、娘が死んだ父親の話です。

観る人を選ぶ作品かもしれません。

特に、子を持つ親にとっては、
つらいシーンも多いかもしれません。

当然のことながら、
主人公の添田は荒れまくります。

もともとが頑固な人なので、
娘を追いかけた店長のことも、
娘を車で轢いてしまった人のことも、
学校のことも、

すべてに対して、恨みを持ち、
怒りをぶつけていきます。

しかし、決して後味の悪い
作品ではありませんでした。

別れた妻、つまり、
亡くなった娘の母親の一言がきっかけで、
添田が変わっていく部分もあるのです。

添田は、別れた妻と口論になった時に、
「何も知らないくせに」
と言われました。

たしかに、添田は娘のことを
何も知らなかったのです。

娘がどんな食べ物が好きで、
どんな趣味があって、
学校ではどんな感じだったか。

一緒に暮らしていたのに、
添田は娘のことを一切、知りません。

そこに添田の意識が向いた時、
彼の中で何かが変わったのだと思います。

何かを善、何かを悪と
決めつける作品でもないので、
観る人によって、ぼんやりとした印象の
映画に感じられるかもしれません。

しかし、この白黒はっきりさせない感じは、
極めて日本的な映画だと、
私は思います。

こういうタイプの映画で、
なんともいえない魅力を出せるのが
日本映画の
素晴らしいところではないでしょうか。

この世は簡単に「善」と「悪」に
分けられるほど、
単純にはできていません。

そのことをわかりやすく、
本作が伝えてくれるでしょう。


【作品情報】
2021年公開
監督・脚本:𠮷田恵輔
出演:古田新太
   松坂桃李
   田畑智子
配給:スターサンズ、KADOKAWA
上映時間:107分

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