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映像で読み解く(3)ドラマ『半沢直樹』(2013)

画面いっぱいに映し出す顔

大ヒットした映像作品は、
何かとそのストーリーに
注目が集まりがちです。

中でも「テレビドラマ」は、
特にその傾向が
強いように思います。

近年まれに見る
高視聴率を叩き出した本作も
例外ではなく、

純粋な映像の魅力について
語られることは
少ないのではないでしょうか。

今回改めて、
映像の部分に着目しながら、
いくつかの回を
観直してみました。

リアルタイムで観ていた時から
顕著に感じたのは、
「俳優の顔のアップ」の多さです。

ドアップ

久しぶりに観直してみても、
この記憶に
間違いはありませんでした。

そもそもテレビドラマ自体が
映画に比べると、
顔のアップが多い傾向にあります。

中でも本作はくどいくらいに顔を
画面いっぱいに映します。

そして、そこで演じられるのが、
銀行内での上司と部下の争い、

借りた金を踏み倒そうとする
悪徳経営者との緊迫感のあるやりとり
といった、

情感あふれる内容になっています。

顔をどアップにすることにより、
これらのシーンにおける
情念の強さが何倍にも膨れ上がります。

また、出演者の中には、
顔を使った細かい演技が
印象的な俳優が多く、

さらに映像の魅力を引き出しています。

主演の堺雅人の
場面によって、巧みに使い分けられた
目や口元の動かし方が見事です。

ラスボス的なポジションである
香川照之の柔軟な顔の筋肉、
時には「耳」まで自在に動かします。

こういった細かい演技の
おもしろさは
映像作品でこそ味わえるものですね。

迫力を増す光と影の演出

見落としがちなところとして、
本作の「光と影を強調した演出」にも
着目したいところです。

やはり、これも
緊迫した場面でのものですが、

俳優の顔に差し込む影が
濃くなるように
ライティングされているのが
印象的でした。

照明器具

どアップで捉えた顔に
暗い影が差し込むだけで、
強烈な悪役のムードが漂います。

しかし、この手法を
悪役だけに使うわけではありません。

主人公の半沢の顔にも
影が差し込みます。

特に、ドラマ版の『半沢直樹』は、
勧善懲悪なストーリーに
捉えられがちで、
私自身もそのような認識がありました。

ところが、改めて観直してみると、
主人公の半沢も
いろいろと理由はあるにせよ、

なかなか冷酷な一面を覗かせています。
(それくらいでないと、
 大銀行で渡り合っていけない)

おそらく、半沢が
自分を陥れようとした上司に
凄むシーンだけを切り取って見たら、

どっちが悪役か
わからないのではないでしょうか。

そう思ってしまうくらい、
場面によっては、
主人公にも悪役と同等の凄みがあるのです。

もちろん、これは光と影の
バランスのみによって、
成立しているのではなく、

俳優の演技、カメラのアングル、
音楽なども加わって、
総合的な演出で成り立っています。

中でも、もっともわかりやすい演出が
「光と影のバランス」です。

全編を通しての
照明の明るさは、
他のドラマとそれほど差はありません。

しかし、主人公と誰かが対立するような
緊迫したシーンでは、
通常の場面よりも

影の部分が濃くなるように
ライティングが調整されているのです。

逆に、頭取を演じる
北大路欣也の顔は、
光の部分が多くなるようにして、
威厳や神々しさを演出しています。

物語のゆくえを
暗示する短いカット

大ヒットしたドラマは
本作に限らず、
おしなべて内容がわかりやすいです。

単純にシナリオやセリフが
わかりやすいだけではなく、

一目みただけで状況が把握できる
視覚的な明快さがあるのです。

『半沢直樹』もこの例に漏れず、
明快さを追究した作品の
一つだと思います。

極力、無駄を省きつつも、
視聴者を退屈させないように

カメラのアングルや
視点の動かし方を工夫しており、
場面転換のテンポもよくできています。

だからこそ、
視聴者はついつい最後まで
作品を観てしまうのですね。

そんな中で見落とされがちなポイントを
いくつか挙げてみましょう。

私自身もはじめて観た時には
見落としていましたが、

本作ではシーンとシーンのつなぎ目に
ほんの数秒ですが、太陽や月、
または、物語の舞台を象徴する風景が
映し出されることがあります。

(太陽の塔が何度も登場。
 もちろん太陽の塔の顔もどアップ!)

太陽の塔

この数秒のカットは、
おそらくほとんどの視聴者が
記憶することなく
流されていることでしょう。

しかし、改めて観直してみると、
このカットに一種の
サブリミナル効果のようなものを
感じました。

特に、太陽や月のカットは、
その次に描かれる場面を
示唆する重要なカットです。

劇中で物事が好転しそうな時には、
青天の太陽、
逆に悪いことが起こる時には、

雲が翳りはじめ、
最悪の場合には雨が降り出すのです。

これらのカットの後にある
天候を利用した演出も
印象的でした。

雨のシーンが何度かありましたが、
いずれも主人公の半沢は、
ずぶ濡れになります。

画像6

どのシーンも、
すんでのところで債務者に逃げられたり、
常務(香川照之)にこき下ろされたり、

主人公が最悪の場面を迎えるシーンです。

また、これも見落としがちな
ポイントに感じましたが、

顔のアップほどの
頻度ではないものの、

重要なシーンでは、
人物の「手」をアップにするカットも
多くありました。

手2

半沢に凄まれて緊張した相手が
せわしなく動かす手、

半沢を追い込む上司が
机を叩きつける手、

父の形見であるネジを
握りしめる半沢のこぶしがそれです。

いずれも視聴者の記憶には残らない
ごく短いカットですが、
地味に効果的な演出だと思います。

本作はドラマとして
王道の作りでありながら、
こういった地味な細かいカットを
緻密に積み重ねているのです。

この一工夫によって、
さらに映像の魅力を引き出し、
多くの人を
虜にしているのではないでしょうか。

もちろん、このような細かい部分は
多くの視聴者が気づかないでしょう。

私自身も、はじめて観た時には
気づきませんでした。

はじめて観る時には、
そこに描かれている物語に
注目してしまうからです。

ところが改めて観直してみると、
これらの短いカットが
及ぼしている影響は、
決して小さくありません。

劇中で町工場を経営する
半沢の父(笑福亭鶴瓶)が
子ども時代の半沢に

「この小さなネジが
 人々の暮らしを支えている」
と諭す場面がありました。

本作に見られる記憶に残らないほどの
わずか数秒、もしくは、
1秒にも満たないカットもまた、
物語を盛り上げるための
小さなネジの一つなのです。

ネジ

今回、改めて観直してみて、
『半沢直樹』という映像作品の
想像以上の芸の細かさに
驚かされてしまいました。

前に観たことがあるという方も
ぜひ、その細かな演出のおもしろさを
噛みしめてほしいと思います。

【作品情報】
2013年放送
制作国:日本
演出:福澤克雄、棚澤孝義、田中健太
出演:堺雅人、上戸彩、及川光博
放送局:TBS

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