映画レビュー『ツレがうつになりまして。』(2011)割れなかったことに価値がある
※2500字以上の記事です。
お時間のある時に、
お付き合いいただけると嬉しいです。
「うつ」は特別なことではない
厚生労働省のホームページによると、
「日本では100人に対して、
約6人が生涯のうちに
うつ病を経験している」
という調査結果があるそうです。
平成29年の国内調査では、
心の病で通院や入院をしている
患者の数は約450万人にも
昇りました。
これだけの数の患者が
いるとすれば、
これはもはや特殊な病気
とはいえないですよね。
しかし、私も含め、
未経験者からすれば、
実態はわからないものです。
自分の身近な人が
うつ病になった時に、
どう接していいか、
わからなくなることも
あるような気もします。
ともすれば、
「腫れ物に触れる」
ような避けたい気持ちも
否定できません。
世の中のそんな風潮もある中、
本作の原作者は、
うつ病を患った夫との闘病生活を
マンガとして描き、
大ヒットしました。
それまで、あまり一般に
知られることのなかった
うつ病の実態をつまびらかにし、
多くの読者の反響を呼んだのです。
ツレの変化は突然に
私は原作を読んでおらず、
映画版がどの程度、原作に忠実なのか、
わかりません。
本編の最後に
「フィクションです」
という但し書きがあったので、
おそらく原作よりも
創作された部分は多い
と思われます。
主人公のハルさん
(宮崎あおい)は、
売れないマンガ家でした。
一日中、部屋でマンガを描き、
たまに家事もやりますが、
あまり得意ではありません。
彼女は結婚しており、
その夫がツレ(堺雅人)です。
(※ハルさんはツレと呼ぶ)
ツレは外資系のパソコン関係の
企業に勤めるサラリーマンでした。
おもに顧客からの問い合わせに
応じるクレーム処理係で、
毎日のように電話をしてくる
特定の高齢者にも
丁寧な対応をしていました。
ツレは几帳面な性格で、
毎朝、自分で弁当を作り、
妻を起こし、ゴミを出してから、
出社します。
二人はイグアナのイグを
ペットとして飼っており、
イグへのエサやりも
ツレの大事な仕事の一つでした。
ある朝、イグにエサをやりながら、
ツレはこんな言葉をこぼします。
「お前は食欲があっていいなぁ」
このところ、ツレは、
食欲もなく、
夜も眠れていないようです。
どこか疲れた表情のツレですが、
いつものように弁当を作り、
家を出ました。
ゴミを出そうと、
ゴミステーションに行ったところ、
彼の動きが止まります。
「これみんないらないんだよね」
一人つぶやくツレの表情は、
どこか悲し気です。
妻はこの時点では、
夫の異変に気づいていません。
食欲がなく、夜眠れない、
風邪でもひいたのかもしれない、
と思う程度でした。
ところが、あくる日、
事態は急変します。
ツレは、いつもと同じように、
弁当を作るために
キッチンに立ちました。
しかし、いつものようには、
身体が動きません。
ナイフを手にしたツレは、
寝室に行き、
ハルさんを起こします。
寝ぼけ眼のハルさんに向かって、
ツレは「死にたい」
と言いました。
割れなかったことに価値がある
本作のことは
だいぶ前から知っていて、
観たいと思っていたのですが、
いざ観ようと思うと、
躊躇してしまうのが
「暗かったらどうしよう」
という点でした。
題材が題材なだけに、
暗いのは当たり前だろう
と思われるかもしれませんが、
意外にも本作には、
暗い印象がないんですよね。
たしかに、前述したように
ツレが「死にたい」と言って、
とんでもなく落ち込む姿も
何度も出てくるんですが。
それを横で支えるハルさんが、
とても気持ちの
しっかりした方なので、
うろたえることなく、
ツレを支えるのです。
そもそも、ツレがはじめて
死にたいと言った時、
手に持っていたのは、
バターナイフでした。
「そのナイフじゃ死ねないよ」
と優しくツッコむハルさんの姿が
なんとも愛おしかったです。
ハルさんはマンガ家なので、
こういった日常の体験も
すべてスケッチブックに
イラスト付きで描き留めていました。
そのイラストのタッチが
とてもかわいらしく、
またコミカルに描かれるので、
つらい状況があっても、
それを笑い飛ばしてしまうような
明るさが感じられます。
本作はフィクションですが、
たぶん、実際に作者は、
こんな感じで夫を
支え続けたのでしょうね。
この夫婦のいいところは、
お互いのことを
型にはめないところです。
ツレがうつ病になったら、
ハルさんは、躊躇なく、
「仕事を辞めて休もう」
と提案しました。
ハルさんは、
売れないマンガ家ですから、
現実的なことを言えば、
夫の収入がなくなるのは
不安なことのはずです。
それでも、夫の身体のことを
気遣って、休むことを
提案したのです。
それまでツレがやっていた
家事も回復するまでは、
ハルさんがやるようになりました。
一方、ハルさんの仕事も
うまくはいっておらず、
唯一持っていた連載が
打ち切られます。
収入がなくなって、危機感とともに
出てきたのが、
「ツレがウツになりまして」
という言葉です。
ハルさんは、それまでやっていた
マンガにこだわらず、
担当編集者のつてを頼り、
イラストの仕事も請け負いました。
二人で頑張っても
どうにもならない時は、
周りにも頼る、
というのが大事なんですね。
事情がわかれば、
助けになってくれる人もいます。
こういったハルさんの
周りに頼れる強さも
ツレの闘病には大事なこと
だったと思います。
最後に本作で
一番印象に残ったセリフを一つ
紹介させてください。
ハルさんは古いものが好きで、
近所の古道具屋さんを
愛好していました。
ある時、そこで店主に
新しく仕入れたガラスのビンを
見せてもらいます。
それは、100年以上前に作られた
ガラスのビンでした。
今とは製法が違うため、
ガラスの中に細かな気泡が
たくさん入っています。
その細かな気泡が
とてもキレイな模様にすら
見える逸品でした。
店主は言いました。
「このビンは
なんの変哲もないビンだけど、
割れなかったことに価値がある」
ツレがなかなか回復せず、
自身の仕事も
うまくいっていなかっただけに、
ハルさんはこの言葉に
胸を打たれました。
「割れなかったことに価値がある」
これを読んでいる方の中にも
「自分はなんの値打ちもない」
なんて思っている方は
いないでしょうか。
かく言う、私も
どちらかといえば、
自分のことをそんな風に
評価してしまいがちな人間です。
でも、そんな風に思った時には、
この言葉を思い出してみてください。
「割れなかったことに価値がある」
そうなんです。
どんな人間でも、
生き続けていることに
必ず価値があります。
今まで生きられたこと自体に、
価値があるんです。
この言葉に共感できたなら、
これからも割れずに
生きていきたい、
そんな風に思いませんか。
【作品情報】
2011年公開
監督:佐々部清
脚本:青島武
原作:細川貂々
出演:宮崎あおい
堺雅人
吹越満
配給:東映
上映時間:121分
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