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小説 朝陽のむこうには サバトラ猫のノア

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小学生だった僕が猫になっちゃったお話です。牧場で猫として生まれた僕には、人間だった記憶がある……。全8話をマガジンにまとめました。
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【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 8 最終話〈全8話〉

ある日の午後。 おかあさんと弟は学校の行事があると言って出かけていた。 家の中には仕事が休みのおとうさんと僕だけ。 おとうさんはリビングの床に座って、僕のおなかやしっぽの付け根をなでたり、額のあたりを指でこちょこちょしたりする。 おとうさん、よく分かってる!  そこは気持ちいいんだよ。 夕方はいつも弟が僕を独占しているから気づかなかったけど、おとうさんって猫好きなんだ。 「気持ちいいかー。そっかー。ここか? よしよし。いい子だー」 声もいつもより柔らかい。 今日のおと

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 1〈全8話〉

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門 あらすじ 牧場で猫として生まれた僕には、人間だった記憶がある。確か小学生だった。今はサバトラのオス猫。ママ猫ときょうだい猫と一緒にのんびり気ままに牧場で暮らしていたある日、人間の言葉が理解できるようになっていることに気づいた。 牧場の人たちや、牧場にいつもやってくる野良の黒猫の話を訊いているうちに、かつて人間だった時に過ごしていた街に行ってみようと決心する。 幾多の困難に遭遇しながらも、僕は歩き続けた。そして、家族と再会。でも、お

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 2〈全8話〉

きょうだい猫の三匹が新しい家に行ってしまった。 六匹だった僕たち猫家族は、ママ猫のミイときょうだい猫のトム、そして僕だけになった。 「場所を移るよ」 ある日、小屋に戻るとミイが待っていた。 「どこに行くの?」 「ハウスの中にお引っ越しだよ」 僕たちが暮らす牧場内には「センターハウス」と呼ばれる家があって、今日からそこが僕たちの拠点になるそうだ。 「そろそろ寒くなってきたからね」 ミイは僕たちが生まれる前はそのハウスで暮らしていたらしい。 そこは二階建てで、丸太を積み重ね

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 3〈全8話〉

「午前の部、完了! 今日もヤギちゃんたち、元気でしたー」 いつものように明るい声でかえでさんがハウスに戻ってきた。 そしてソファに並んで座るパパさんとママさをちらりと見る。 かえでさんの表情が少し変化した。 普段と違う空気を感じたみたい。 「どうしたの? なんか元気なさげ。何かあった?」 堅苦しい雰囲気のパパさんとママさんに、かえでさんは笑顔を残しつつ訊いた。 僕はそっと体を立ち上げのびをする。 三人の様子が気になってしかたない。 僕は五感をフル活動させている。 「

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 4〈全8話〉

「人間だった時に住んでいた家に行ってみようと思うんだ」 僕はママ猫のミイと兄弟猫のトムにそう告げた。 「行ってみたらいいよ」 ミイは特に驚いた様子もない。 「だけど、ちゃんと準備をしてからにしないといけないよ」 「ノアはさ、一度も牧場の外に出たことないよね」 トムはそう言ってあれこれと僕のおっちょこちょいのエピソードを話し始めた。 そして、こんなノアでもしっかり準備をすれば大丈夫だよねとミイに訊く。 僕のことを心配しているんだね。 「物事を始める時はしっかり準備すること

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 5〈全8話〉

それから僕は何日も何日も歩き続けた。方向は間違っていないはずだ。 ある朝、見覚えのある街にたどり着いた。 ここ、覚えている。見覚えのある公園、見覚えのある家並み。 どんどん足早になっていく。 僕の家は、そう、この角を曲がったところ。 あった!僕が住んでいた家! 僕の家に向かって駆け出した。たどり着きドアを見上げる。 かつてのように自分でドアを開けて入っていくことはできない。 しかたなく僕はドアの前で長い時間待ち続けた。 突然、カチャリと音がしてドアが開いた。誰かが出てく

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 6〈全8話〉

僕はおかあさんの運転する車の中で車窓から外を眺めていた。 次々と街路樹が流れていく。 車が角を曲がってから、それは家々が見える景色に変わった。 住宅街に入ってきたみたい。 弟は僕をひざに乗せて後部座席に座っている。ほとんど身動きをしないで、タオルの上から僕の背中をそっとなでている。 僕が眠っていると思って起こさないようにしてくれているんだ。 しばらくして、車は速度を落として停車した。 「おかあさん、先に家に入っていい?」 弟が小さな声で訊いた。 「いいわよ。大輝は猫さん

【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 7〈全8話〉

僕はどうしてこの家族と離れてしまったのかな。 その話を誰もしない。 でも、みんなはかつての僕、カズヤのことを忘れてはいない。 リビングの壁には家族でキャンプに行った時の写真が飾ってある。写真を引きのばしてパネルにしたものだ。 大きな、すごく大きなパネル。 小学生だったカズヤとまだ小さかった弟、そしておとうさんとおかあさん。四人そろってこちらを見て笑っている。 部屋に余計な置物がない分、その大きなパネル写真は部屋の中ですごく存在感がある。 おかあさんは笑顔でいること