【連載小説】朝陽のむこうには ~サバトラ猫のノア~ 3〈全8話〉
「午前の部、完了! 今日もヤギちゃんたち、元気でしたー」
いつものように明るい声でかえでさんがハウスに戻ってきた。
そしてソファに並んで座るパパさんとママさをちらりと見る。
かえでさんの表情が少し変化した。
普段と違う空気を感じたみたい。
「どうしたの? なんか元気なさげ。何かあった?」
堅苦しい雰囲気のパパさんとママさんに、かえでさんは笑顔を残しつつ訊いた。
僕はそっと体を立ち上げのびをする。
三人の様子が気になってしかたない。
僕は五感をフル活動させている。
「かえで、ちょっといいかな。話があるんだ」
聞いている僕もどきっとした。
パパさんの声が静かで固かったから。
「えー、何?」
かえでさんはゆっくりとソファに近づく。
「なんかやだなあ」
そうしてパパさんとママさんの前のスツールに腰掛けた。
「かえで、実は……」
パパさんの言葉は続かない。
「かえでは今、高校二年だね」
少しの間をおいてやっとパパさんは口を開いた。
「そうだよ。どうしたの? 今さらそんなこと」
「うん、そうだよな、ちゃんと分かってる。かえでが大学を卒業するまで、あと五年半くらいだね」
かえでさんはまたかという表情をした。
「父さん、だから、私、大学には行かないって。高校を卒業したら牧場で働くよ。何度も言っているよね」
「かえで、聞いてくれ。父さんはさ、かえでのじいさんから牧場を引き継いだ。まだ母さんと結婚する前だ」
「知ってるよ」
かえでさんは素っ気なく応える。
「結婚してからは母さんと一緒に動物の世話をしてきた。生き物の世話をするから休みなんかない。かえでを旅行に連れて行ったこともなかったね。本当に申し訳なかった」
「そんなこと何とも思ってないよ。母さんと二人で旅行に行ったこともあるし、友だちとだって出掛けているもん」
パパさんは「そうだな」と頷いて話を続けた。
「牧場経営は、ただ動物の世話をするだけじゃない。それはかえでにも分かるよな」
「分かるよ」
「先々の計画を立てることも大切な仕事だ。動物たちの頭数などの計画も、設備や経費に関わる計画も立てておかなくてはいけない。そして、その計画を進めるためには収入を確保して、採算を合わせることが重要になる」
パパさんの話をかえでさんはじっと聞いている。
「でもな、なかなか難しいんだ」
パパさんは小さく肩で息をした。
「隣町の田中牧場って、知ってるよな?」
「あの大きな牧場だよね。知ってるよ」
「そこの田中さんが、うちの牧場を買ってもいいと言ってくれているんだ」
かえでさんは驚いた顔をした。
僕の不安は的中した。
今はミイもトムも犬たちもいない。
こんな話を僕だけが聞いている。
「もちろん、すぐってわけじゃない。かえでが大学を卒業して社会人になるまでは牧場を続けようと思っている。それまではなんとかするつもりだ」
「だから、かえでには大学に行って自分の生きる道を探してほしいんだ」
パパさんの話が終わると、かえでさんは静かに訊ねた。
「それって決定したこと?」
「確定してはないけど、田中さんとは話を進めているんだ」
かえでさんはママさんに顔を向ける。
「母さんはそれでいいの?」
ママさんはこくりと頷いた。
「母さんは、父さんの大変さをそばでずっと見ていたから、父さんが決めたのならそれでいいと思ってる」
かえでさんは、一瞬何かを言おうと口を開いた。
だけど、結局何も言わずぎゅっと口を閉じてしまった。
どのくらい経っただろう。
かえでさんが何かを決意したように、ふたりの顔を交互に見つめた。
「父さん、母さん、話は分かった。まずは聞いたままをそのまま受け止める。でも、私の意見というか、話も聞いてほしい」
かえでさんはすっと立ち上がった。
「だけど、今その話を聞いたばかりで頭の中がぐちゃぐちゃなんだ、だから」
かえでさんはちょっと考える。
「一週間後にまたその話をしてもいい? 自分の人生だもん。自分でちゃんと考えてから話したい」
「わかった」
パパさんは応えた。
ママさんは少し困惑した顔をしているけどゆっくりと頷いた。
「じゃあ、来週の日曜日までに私の考えをまとめておく」
かえでさんはそう言い残して二階に上がっていった。
かえでさんの様子を見に行ったほうがいいかな。
でも、リビングに残ったパパさんとママさんのことも気にかかる。
結局僕は同じ場所でじっとしていただけだった。
僕が知る限り、三人はその日からその話をしなかった。
普段の会話やたわいのない冗談は交わすけど、その話はあえて避けている、そんな感じ。
三人とも仕事や学業を普段通りしているように見える。
でも僕は知っているんだ。
かえでさんは遅くまで自室のパソコンで何かを調べたり、学校の帰りも誰かに会ったりして帰宅が遅くなっていることを。
・・・・・・
「グッド、モーニングー」
まだ暗いうちにかえでさんはいつもと変わらず明るい調子で二階から降りてきた。
パパさんはもっと早い時間に起きていて、すでに牛の搾乳室に向かってハウスを出ている。
犬たちも朝ごはんを食べ、パパさんについていった。
「母さん、先週の話だけど夕食の後にできる?」
かえでさんは朝食を食べながらキッチンにいるママさんに訊いた。
「ええ、大丈夫よ。父さんは、夕方六時前に戻ってくるって」
「了解! 夕食の準備、私も手伝うよ」
それからかえでさんは支度を整え、「ヤギ小屋に行ってきまーす」とハウスから出て行った。
ママさんは朝と晩の二回、僕たち猫家族のごはんを用意してくれる。
ダイニングの床には僕たち専用のごはんコーナーがあるんだ。
僕はトムと違って食べたい時にちょっとずつ食べたい。
そんな僕のためにママさんは日中のおやつもちょっとだけ置いてくれる。
トムは毎食ごはんを残さず食べておやつもしっかり食べる。
そして、いつも颯爽と外に出かけていく。
かえでさんは朝から牧場の仕事を手伝っていたけど、日が沈むずいぶん前に戻ってきて自分の部屋で過ごしている。
今日は僕を部屋に連れていってくれなかった。
何をしているのかな。
窓から見えるハウスの外はすっかり暗くなってきた。
ママさんはまず僕たち猫や犬たちのごはんを用意する。
今日もいっぱい働いたはずなのに、犬たちは疲れも見せず元気だ。
犬たちは待ちきれないといった感じでママさんの周りをうろうろしている。
僕たち猫家族はそれぞれが好きな場所でおとなしく待っていた。
ママさんがごはんを出すと、犬たちはいつも通り結構な早さでごはんを平らげた。
僕たち猫はゆっくりペース。
僕はごはんを少し食べて、食事の準備を手伝うかえでさんの顔を見上げた。
今日、どんな話をするんだろう。
この牧場はどうなるんだろう。
僕たちはバラバラになってしまうのかな。
この話をミイとトムにした時、トムが珍しく動揺していた。
「ミイとノアともパパさんたちとも離れたくない」
そんなことを言った。
いつもクールなトム。でも実は愛情たっぷりだったんだ。
かえでさんたちは普段通りの様子で夕食を食べている。
三人ともいつもより口数が少ないのは、食後の話し合いに思いを巡らせているのかも。
「コーヒーでも淹れようか」
一息つくのを見計らってパパさんが言った。
「そうね。ああ、そういえば、美味しいチョコレートを頂いていたんだった」
ママさん、ちょっと落ち着かない様子。
僕とミイは話がよく聞こえるようにと、ソファ近くの床で何気ないふりをして毛繕いを始めた。
聞き耳は立てている。
トムは階段の中ほどで丸くなって目を閉じている。
聞き耳を立てているはずだ。
犬たちは、パパさんがいつも座る場所の足元にいる。
彼らの定番の位置だ。
リビングテーブルの上にそれぞれのコーヒーとチョコレートが置かれ、パパさんとママさんに向かい合う形でかえでさんは腰掛けた。
「私、大学に行くことにする」
コーヒーを一口飲んだ後、カップをテーブルに戻してからしっかりとした口調でかえでさんは言った。
「そうか、行くことにしたか。それがいい。大学でやりたいことを見つけて、一生付き合える友人を作るのはいいことだ」
パパさんはほっとした表情だ。
ママさんも「よかった」と微笑んだ。
「父さんも大学で大切な友人ができたよ。最近は連絡を取ってないけど、会えばすぐに元の関係に戻るんだ。勉強のほうは何を学んだかさっぱり覚えてないけどな」
パパさんはあははと笑う。
そんな時、いつもは冗談で返すかえでさんだけど今日は違った。
「そうだよね、友だちって大切。今の友だちも大切だし、大学で一生付き合っていける友だちができたらうれしい。でも、私は大学には勉強をするために行こうと思ってる」
パパさんが頷いた。
「それは、そうだな。それがまず一番の目的だ」
「私ね、牧場の経営を学べる大学にしようと思っているんだ」
かえでさんはそう宣言した。
パパさんは表情を曇らせた。
「かえで、先週も話したけどこの牧場は手放すつもりなんだ。分かってくれないか」
「昨日、田中さんに会ってきたんだ」
パパさんとママさんは「えっ?」と言葉を詰まらせた。
「私は大学で必要なことをしっかり学んで、卒業したら牧場を継ぎたいって、田中さんに伝えてきた。勝手なことしてごめん」
何かを言いかけたパパさんにかえでさんは言った。
「父さん、言いたいことがあるのは分かる。ごめん、まず私の話を最後まで聞いてほしい」
パパさんは出かかった言葉を飲み込むようにして「わかった」と答えた。
「田中さんにね、私がどれくらいこの牧場を大切に思っているかを話したんだ。そして、この牧場の仕事を続けたいと」
「私は今まで、父さんたちと牧場の仕事を一緒にしているつもりになっていた。でも違ってた。先週父さんの話を聞いて気づいたんだ」
「私ね、この牧場の仕事を私の一生の仕事にしようって、もう何年も前から決めてた。なのに、経営のことなんて考えもしてなかった。楽しい仕事ばかりさせてもらっていたんだと痛感したよ」
パパさんもママさんも一言も口を挟まず、真剣にかえでさんの話を聞いている。
「この一週間、できる限りいろいろな牧場について調べてみたんだ。うちの牧場が他の牧場に比べて何が足りないか、反対に何が誇れるのか」
「そして、牧場経営のことも。調べるだけでなく人に聞いたりもした」
やっぱり。だから帰りが遅かったんだ。
「父さんたちが今まで考えて悩んで試行錯誤しながらやってきたこともちゃんと分かっている。でも、将来は私なりの牧場経営をしてみたい。そのために必要なことを大学で学びたいって思ったんだ」
「もちろん、父さんたちが納得して応援してくれる形にしたい」
「だから牧場を続けてほしい。そして私が大学を卒業したら、本格的に牧場の仕事に関わらせてほしい」
じっとかえでさんの話を聞いていたパパさんがゆっくり口を開く。
「大学でどんなことを学ぶつもりなんだい」
パパさんのそのひと言が、一瞬にして部屋の空気を和らげた気がした。
「まだ具体的ではないけど、まずは牧場ってものについてとことん学んでみるつもり。既成概念に囚われずに、国内だけでなく海外の牧場も研究してみる。それから経営や運営についても学びたい。あと、動物たちのストレスフリーな環境についても。私、こんなに学びたいと思ったことなかった。貪欲に頑張りたいんだ」
かえでさんは熱っぽく一気に語った。
訊きながらパパさんの表情は徐々に晴れやかになってきたように僕には思えた。
「つい毎日の仕事に追われて、現状維持になっていたかもしれない。チャレンジすることをずっと忘れていたよ」
それからパパさんは「かえで、ありがとな」と言った。
「かえでが思い出させてくれた気がする」
かえでさんの顔がぱっと明るくなった。
「母さん、どうかな。もう一度考えないか?
俺たちの牧場の未来を」
ママさんは「もちろんよ」と頷いた。
「明日、父さんからも田中さんに話しておくよ。実は田中さんからは牧場を続けたらどうかって、言われ続けていたんだ。いつも心配かけちゃうな」
隣町の田中牧場の田中さんは、時々この牧場にも顔を出す。
よく陽に焼けた顔をしわくちゃにしながら楽しそうに笑っている。
あのおじさんはきっとかえでさんたちの味方だ。
かえでさんはすごいな。
現状を受け入れて、冷静に考えて、自分なりの答えを出そうと努力している。
そして、親子三人で前に進もうとしている。
その夜、ハウスの前のバルコニーにママさんの姿があった。
パパさんとかえでさんはもう寝ているみたい。
ママさん、眠れないのかな。
寒いけどママさんが心配になって僕も外に出た。
僕はママさんを驚かせないように「にゃあ」と鳴いて、ベンチに座っているママさんに近づいた。
そしてひょいっとベンチに飛び乗り、ママさんの横に座る。
「あらノア、来てくれたの」
ママさんは温かいひざ掛けで僕をくるんでくれた。
僕はランプの明かりに照らされたママさんの顔を見上げた。
「ノア、今日もいい一日だったね」
ママさんは湯気の立っているカップを両手で包みこみ、僕に話しかける。
「今日はかえでが随分大人に見えた。――もう子供じゃないんだ」
ママさんは飲み物を一口飲み、小さなため息をついた。
「私がかえでの歳の時はどうだったかって、考えちゃった」
それから僕の顔をのぞき込む。
「ノア」
僕の名前を優しく呼び、ママさんはひざ掛けの上から僕をそっとなでた。
「私は何かをしたいとか、何かになりたいとか、今まで深く考えたことがなかった。でもね、私なりに一生懸命生きてきたつもり」
「もっといい先生やいい指導者に出会っていれば違ってたかもとか、親がもっと目標を提示してくれていれば何かをなし遂げてたのになんて、実は思ったこともあった」
ママさんは、また小さくため息をつく。
「なんか恥ずかしい。自分から何も始めてないし、決めてもいない」
少しの間、ママさんは何も語らなかった。
ママさんは星空を見上げている。
「自分で何かを始めてみたいな。してみたくなっちゃった」
ママさんは僕の顔を見つめた。
「だめかな?」
ママさん、いいと思うよ。
何かを始めるのに遅いことなんかないよね。
気づいた時が進む時。
今の状況を変えていくってすごくエネルギーがいる。
楽なのは現状維持。
なにも考えなくても時間は流れて行く。
でも変えることを、チャレンジすることを彼らは選んだんだ。
そんな三人を僕は誇らしく思った。
・・・・・・
冬になった。
本格的な寒さがやってきて、僕はほとんどの時間を暖かいハウスの中で過ごしている。でもトムは相変わらず外にいる時間が長い。
ミイは飼料小屋のパトロールを毎日している。出掛けてからなかなかハウスに戻ってこないことが多い。
たぶん、話し相手になる猫仲間を見つけたんだ。
僕だって日差しが暖かい今日みたいな日は外に出てパトロールをする。
牧場をぐるりと一周くらいだけどね。
ハウスに帰る途中、パパさんとかえでさんを見かけた。
並んで柵に寄りかかって牛もヤギもいない牧草地を眺めていた。
ふたりとも腕にあごを乗せて片足をぶらぶらさせている。同じ格好だ。
近づいていくと楽しそうな話し声が聞こえてきた。
よかった。いつもの親子の風景だ。
「あっ、ノア、散歩中?」
かえでさんは僕を見つけて優しく両手で抱き上げた。
「ノア、温かーい」
それから自分の防寒着のファスナーを半分下ろして僕をその中に入れた。
僕は顔だけが出た状態ですっぽり厚手の上着に包まれた。
僕も温かい。
「ホント、私ってポジティブシンキング。これ、父さんのおかげかも」
かえでさんは笑いながら話している。
「父さんって私が小さい時に『でも』とか『だって』って言い訳すると、『でもだって星人』になるぞって」
「言ってた、言ってた」
パパさんも笑う。
「そんな宇宙人にはなりたくないって、がんばって言わないようにしていたもん。今考えると『でもだって星人』って何って思う」
かえでさんは大学と学部選びを真剣にしているみたい。
有力候補は牧場から通える県立の農大だって。通学に一時間以上かかるけどかえでさんならその通学時間も有効に活用すると思う。
目標があるのってすごい。
かえでさんが勉強する時間が劇的に増えている。
かえでさんは少しの時間も無駄にしない決意なんだな。
その大学があるのはひなた市だ。
その名前には覚えがある。
僕がサッカー好きの小学生だった時に住んでいた市だから。
僕は時々、人間の時の記憶を思い出そうとする。
一緒に生まれたきょうだい猫は早くからその記憶が僕より鮮明だった。
僕はあまり多くのことを思い出せていなかった。
でも最近は少しずつ思い出させることが増えてきていた。
おとうさん、おかあさん、あと、弟がいた。弟は僕より五歳年下だった。
僕は家の近くの小学校に通っていた。五年生だった記憶だ。
勉強は好きだったし成績も良かった。
サッカークラブではずっと補欠だったけど、試合に出られるようにいっぱい練習していた。
でも、正直に言うと、レギュラーになんてなれっこないって思ってた。
おとうさんは会社に勤めていて、帰りはいつも僕や弟が夕食を食べた後だった。
平日は一緒に過ごせなかったけど、休みの日はサッカーの練習に連れていってくれた。
おかあさんも外で仕事をしていたけど、家で仕事をする日もあった。僕が帰った時、おかあさんが家にいるとうれしかったことも思い出した。
断片的で連続写真のような記憶。
ミイも言っていたけど会話は全く思い出せない。
でも、匂いの記憶はある。
おかあさんの作る焼き菓子の匂い。おかあさんが家にいる日は焼きたてだった。
学校から帰り家に入ったとたんいい匂いがしていた。
そして、飲み物はいつも牛乳。
僕は牛乳があまり好きじゃなかったけど、大きくなりたくて毎日飲み続けていた。
おかあさんは仕事もおうちのことも忙しそうだった。でも、思い出すのはいつもにこにこしているおかあさんの顔なんだ。
記憶の中のおかあさんは口を大きく開けて笑っている。
ママ猫のミイやきょうだい猫たち、それから出会った他の猫たちはみんな、かつて人間として暮らしていたのは別の国だったと言っていた。
僕だけ同じ国、しかも電車で一時間くらいの距離だと分かった。
おかあさんたちは今どうしているんだろう。僕は自分が人間だった時と同じ国の、そして行こうと思えば行ける距離で猫になった。
それには意味があるのかな。
かえでさん親子は前に進もうとしている。
ママさんは何かを表現してみたいとブログを始めたみたい。
人間だった時も猫になった今も、チャレンジしてうまくいかないと、僕にはきっとできないんだと諦めてばかりいた。
こんな僕も変わることができるのかな。
諦めない、前に向かって進んでいく。
そんな強さを持てるようになるには何をすればいいんだろう。
そうだ。
かつて住んでいた家に行ってみるというのはどうだろう。
おかあさんたちの様子を見に行くんだ。
ひとりで旅をする。何もかも自分で決めなくちゃいけない。
僕がここで猫になった意味を見つけられるかも。
黒猫から聞いた牧場の外の話を思い出した。
僕は牧場から出たことがない。僕にとって牧場の外はきっと危険がいっぱいだと思う。
怖い思いをするかもしれない。
道に迷うかもしれない。
ごはんが食べられずに倒れてしまうかもしれない。
たどり着いたって何も変わらないかもしれない。
何も見つけられないかもしれない。
おかあさんたちに会っても喜びなどなくて、かえって寂しい気持ちになるかもしれない。幸せそうな弟を見てやきもちをやいてしまうかもしれない。
気づいたら嫌な想像ばかりしていた。
次々浮かんでくるそんな想像を懸命に振り払った。
僕は一歩踏み出したいんだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?