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家族だって、違う人間だから。心の「逃げ場」のつくりかた【6月27日〜28日 北海道苫前町〜稚内市】

富良野から北を目指すルートは、西側の海岸沿いを選んだ。富良野のキャンプ場(A)から稚内(D)へ、そして礼文島(E)にも渡ってみたい。晴れていれば、絶景が楽しめるというエリア。

期待に胸を膨らますが、あいにくの曇天で、空にはグレーがかった雲。日本海からの風も強く、空気も冷たい。靴下を履いて、フリースを着て。これからまた少し違う表情の北海道に会える予感。

最近は1〜2時間移動するとき、子どもたちは車内でぐっすり眠るようになった。常に移動する旅、身体へのストレスも大きいと思うけど、こうやってうまく休息を取れるといいね。

夕方、チェックイン時間ぎりぎりで到着したのは今日の宿泊場所「とままえ夕陽ヶ丘オートキャンプ場」。日本海に面する苫前町の海水浴場に面していて、晴れていれば名前のとおり美しい夕日に出会えるという。でも今日は…残念。小雨も降り始めたし、となりの温泉施設でお風呂とご飯を済ませることに。

お風呂はどうしているの?と聞かれることも多いのだけど、我が家の場合、3人と1人に分かれて入浴している。これは「たすく(息子)と一緒がいい」と言う娘が決めたルールで、「ママ+娘+息子」が女子風呂、パパはひとり男子風呂というパターンか、「パパ+娘+息子」が男子風呂で、ママが女子風呂のどちらか。娘が切望するため2人ずつに分かれることはないのだが、3人での入浴はやはりとても手間がかかる。息子は空気を入れるタイプのベビーバスを洗い場に持ち込み全身を洗っているが、まだ腰も座っていないので、浴室でも脱衣場でも、常に目が離せない。娘は自分でおおよそのことはできるけど、シャンプーの泡が残っていたり、髪の毛を乾かさずに遊んでいたり、気分次第でめっちゃ早くあがったり…まあ、いろいろある。せっかく素晴らしい泉質の温泉なのに…、せっかくの絶景露天風呂が…と残念に思う余裕もなく、バタバタと浴室をあとにすることになる。

でもこのルール、実際にやってみると、ひとりのときはとてもありがたいのだ。家族4人、いつも一緒にいて濃密な時間を過ごすのがこの旅の目的でもあり良いところなのだけど、でもやっぱり、ひとりの時間もほしいな、というのが大人(私)の本音。主人が2人を連れて入浴してくれたときは、しばしのゆったりタイム。露天風呂に浸かって潮騒を聞きながら、ぼーっと物思いに耽るなんてこともできる。入浴後もドライヤーもゆっくりかけて髪と肌をケアしていると、心も身体も回復してくるのがわかる。休憩室で待っていてくれる3人の顔を見ると、感謝の気持ちがあふれる。そういう時間が、私を保ってくれているとも感じる。

あ、運転の時間もそう。後部座席の賑やかな3人の声を聞きながら考え事をしたり、鼻歌歌ったり。キャンピングカーは、運転席と後部に少し隔たりがあって、それが逆に私には良い感じ。

…と話は逸れに逸れたが、今日は私がふたりを連れて入浴。露天風呂もあって広いお風呂だったけど、やはりバタバタとあがってしまった。脱衣場で息子の着替えを済ませてふと娘の方に目をやると、近くにいるお姉さんと何やら楽しそうに話していた。最近のあるあるだけど、娘は少しでも自分のことを気にかけてくれそうな人を見つけると、子ども大人問わず、話しかけに行くようになった。「どこから来たの?」「ちがさき。にほんいっしゅうしてるんだよ。100にち!」とやりとりしたあとは、私のところに家族の名刺を取りに来て、うれしそうに手渡すのがお決まりのパターン。「こなつちゃんって言うんだね」と、また会話が続き、娘はすごく嬉しそう。道の駅でもキャンプ場でも飲食店でも、娘が出会いのきっかけをつくってくれる。

この旅で積極的になったなぁ、としみじみ思うと同時に、ふと、ひょっとしたら娘も自分の「逃げ場」をつくっているのかな、と、はっとする。子どもにとって親は、自分を守ってくれる存在ではあるけれど、親の目から離れたいと思うこともあるのだと、娘が5歳になった頃から思うようになった。子どもだけの世界や、自分の親はいない場所へうれしそうに参加し、最近では「ひみつ」も持つようになった。

そんな中、はじまった100日間の長旅。普段は幼稚園の時間に親の目から開放されているけれど、今は24時間ずっと一緒。親子だって違う人間なんだし、私と同じように、娘だって、息が詰まることもあるだろう。それで、積極的に外との関わりを持つことによって、「逃げ場」を自分でつくろうとしているのかもしれない。考え過ぎだろうか。

でも、実は私、子どもに、親以外の逃げ場をつくってあげたいな、と常々思っていた。たとえば思春期になったとき、ご近所に、親には相談できないことを話せるおばちゃんがいる、とか。ひとりになりたいときにふらりと立ち寄れる商店がある、とか。そういうナナメの関係性の存在の人が地域や身近なところにいることは、複雑な心を持った思春期の子どもにとって、とても大きいはず。だから日常生活の中で、私は意識的に、娘が地域の面白い大人や年齢の離れた関係の人と出会う機会をつくるようにしている。まあ、娘のためというより、私がそういう場に足を運ぶことが好きだから、というのもあるけれど。

もし娘がそのような感情で行動し、無意識ながら逃げ場をつくることで自分を保とうとしているのだとしたら、それは本当に頼もしいことだと思う。生きる力になると思う。もちろん、いろいろな人と話すのが単純に楽しいというのが一番の理由ではあると思うけど。…うーん、でもやっぱり考えすぎなのかな。

そんなことを思いながら、遊んでくれたお姉さんに心からのお礼をお伝えして、お風呂をあとにした。

そのまま食堂で食事を済ませてキャンプ場に戻ると、やはり周りの宿泊客の様子を見回して、「今日は子どもはいないね」と少し寂しそうに話していた娘。親以外の居場所をどんどん増やしていく娘の行動に、たくましさと少しの寂しさを覚えながら、今日もすやすや眠りに着いた娘の顔を眺める。親子の濃密な時間を持てる今このときに、心からありがとう、だなぁ。

翌朝、風車がまわる美しい景色の中、朝食をとり、コインランドリーで洗濯を済ませると、今日も北へ向けて出発…の前に、娘に子どもでも使いやすいデジカメを買ったので、コンビニへ受け取りに。旅の途中、必要になったものを時々ネットで注文をするのだけど、コンビニ受け取りはとても便利。ずっと娘が欲しがっていた自分専用のカメラ、せっかくの旅なのでこの機会に購入することにしたのだ。受け取ってすぐ、目を輝かせて開封した娘、さっそくパチリパチリ。いい写真をいっぱい撮ってね!

あ、そうそう、今朝、息子がつかまり立ちに成功!窮屈なキャンピングカーの中でも、すくすくと育ってくれています。

さて、今日の目的地は稚内。明日午前中、礼文島行きのフェリーに乗るため、今日中に稚内に着けばいいかな、というゆるいプラン。ならば今日は、検索などせずに、気になったところで車を止めて行ってみよう!ということに。出発はいろいろあって12時頃になってしまったので、まずは「お昼ご飯の場所を見つけてみよう」の巻。娘はずっと窓の外を見ている。パパは「あの店は?」「レストランって書いてあるよ!」といろいろ教えてくれるけれど、娘は首を振り続ける。市街地を抜け、道の駅を通り過ぎて…気づけば13時過ぎ。お腹も減ってきたのに、お店が何もないゾーンに入ってしまった。次の道の駅までどのくらいだろう…と不安に思う大人をよそに、娘は「道の駅はいやだ」と言い張る。

そうかぁ…困ったなぁ、と思って外を見やると、「ここにする!」と娘。指差す方には小さなのれんのかかったお店があり、のれんには「みつわ食堂」とある。このお店を選ぶなんて…し、しぶすぎる(笑) 人の気配はないけれど、車を止めて中を覗くと、おばちゃんがひとりカウンターの中に。どうやら営業中!少しドキドキしながら小上がりへ。シーフードラーメンとエビフライ定食、カツ重を頼んで待つこと10分ほど。おぉ、なかなか美味しそう!

お店のおばちゃんはすぐに中に引っ込んでしまってほとんどお話できなかったけれど、お腹ぺこぺこの私たち、美味しくぺろりといただきました。ありがとうございます。たぶん、大人が選んでいたら絶対出会えなかったお店、出会えなかった味。なんだかとても、かけがえのないランチだったな。

その後も、「気になったら止まる」方式で進み、古びた道の駅で遠くに利尻島が見えるまでひたすら高台に登ったり、道端に並ぶ風車の数を数えたり、美しい風景のあまり路肩に車を止めて写真を撮りまくったり、と、行き当たりばったり、のんびりのんびり、北へ。

なんとか稚内にたどり着き、珍しくロシア料理などいただいて、「道の駅 わっかない」で就寝。ここ、前代未聞の大混雑。ぎっしりの車中泊の車たちに囲まれて、寒い寒い夜を過ごした。夜の気温は10度ほど。寝袋、持ってきて本当によかった。本州とはまったく違う気候のところまで、やって来ている。

さあ明日はフェリーに乗って、念願の礼文島へ!アザラシに会えるかな。おやすみなさい。

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フリーランスライター・エディター、2人の子どものお母さん。人の言葉をありのままに聞くことで本質を見つめるインタビューがライフワーク。現在は主にウェブマガジン「greenz.jp」にて、「ほしい未来」のつくり手のみなさんの言葉を紡いでいます。
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