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正岡子規『はて知らずの記』#02 七月十九日 上野→宇都宮

(正岡子規の『はて知らずの記』を紹介しています)


かねて旅立のよし、知りたる誰彼より、
よりよりに贈られたる餞別の句

松島の 紙帳につるせ 松の月 素香

 橘為仲とよ陸奥守にてくだりける白河の関を通るとて
 狩衣指貫とり出て着しける事を思ひ出でて

白河の 関で着かへよ ひとへ物 同

松島へ 昼寝しに行く 行脚かな 孤松

涼しさの 君まつしまぞ 目に見ゆる 鴬洲

 子規氏松島行脚の首途に泥硯を餞して

旅硯 清水にぬらせ 柳陰 江左

松島で 日本一の 涼みせよ 飄亭

 其外にも数へ尽くさず。

松島の 風に吹かれん ひとへ物

一句を留別として、上野停車場に到る。
折ふし、来合せたる飄亭一人に送らる。
我れ、彼が送らん事を期せず、
彼、亦我を送らんとて来りしにも非ざるべし。
まことや、鉄道の線は地皮を縫ひ、
電信の網は空中に張るの今日、
椎の葉、草の枕は
空しく旅路の枕詞に残りて、
和歌の嘘とはなりけり。
されば行く者、悲まず
送る者、嘆かず。
旅人は羨まれて、
留まる者は自ら恨む。
奥羽北越の遠きは
昔の書にいひふるして、
今は近きたとへにや取らん。

みちのくへ 涼みに行くや 下駄はいて

など戯る。
汽車、根岸を過ぐれば
左右の窓に見せたる平田、渺々として
眼遙かに、心行くさまなり。

武蔵野や 青田の風の 八百里

宙を踏む 人や青田の 水車

宇都の宮の知る人がりおとづれて、
一夜の宿を請ふ。
驟雨、瀧の如く注ぎて
神鳴り、おどろおどろしう
今にも此家に落ちんか、と許り思はれて
恐ろしさ、いはん方なし。

夕立や 殺生石の あたりより


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