「リアリティがない」とは?
「リアリティがないっていうけど、そんなにリアリティが欲しいんなら小説なんか読まなければいい」。先日、概ねそんな意味の言葉を、読書レビュー目的のツイッターアカウントのタイムラインで目にした。有名な小説家の発言を、ユーザーが拾ってツイートしたものだ。
「リアリティがない」はフィクションに対する批判として誰もが見聞きしたことがあろう常套句だ。そして、擦り切れた安上がりの言葉のわりには、もっともらしい指摘であるかのように響く。お手軽なわりに、ちょっと厄介な批判である。
おそらく先の小説家も、自身の作品に対するレビューなどでネガティブな反応として何度となく目にしてきたのだろう。作家の言葉は、そんな紋切型批判に対する直接的なカウンターである。この反論の通り、「リアリティがない」という批判が、的外れだったり、ときには単に悪意から出たであろう、妥当と思えないケースはままある。しかし、批判の言葉として手っ取り早いうえ、事情を知らない第三者が見ると適当な指摘のようにも見えてしまう。だからこそ、陳腐な言葉でも使われ続ける。
とうてい適切とは思えない安易な「リアリティがない」批判も実際に多く存在する。作家の反応はよくわかる。ただ、完全な的外れや悪意を除外したうえでなら、私はこの「リアリティがない」という言葉を漏らす側の気持ちも、わからなくはない。
『スーパーマリオブラザーズ』は、1983年にファミリーコンピューター用のゲームソフトとして発売された大ヒット商品である。ファミリーコンピューターを略したファミコンという単語は、一時期までは電子ゲーム全体をさす語句だった。このファミコンを端緒として、家庭用ゲームが広く浸透するきっかけとなったのが、スーパーマリオの大ヒットだった。
そんなマリオについて、友だちが笑いながら何気なく口にした、何ということもない言葉を、なぜか長く覚えていた。
「あんなに高くジャンプできるはずないよね」
ゲームの中で、マリオは自分の身長の数倍もの高さを跳ぶことができる。どんなに高いところから飛び降りても傷ひとつ負わない。それなのに、友人の言葉を聞いた私はびっくりした。ひとつは、そんな見方ができる友人の視点にだった。しかしそれ以上に驚いたのは、それまでマリオが現実にはあり得ない動作をしていることを、自分が全く気に留めていなかったことだ。「なんでだろう?」と不思議さが強く残った。
ゲームは当然、現実とは違う。しかし、ゲームを創るといっても全く何もないところからは生みだせない。何かしらお手本は必要になる。となると結局は、現実世界を参照することになる。私が知る限り、初期のゲームはある意味では、現実から外れた動作が控え目だった。もしくは、初めから現実とは全くかけ離れたゲームデザインだった。
マリオは、そのどちらでもなかった。歩いて跳べば低く跳ぶ。走って跳べば高く弧を描く。ダッシュは徐々に速くなる。急停止はできずに滑る。ジャンプ中に身をよじれば軌道が変わる。跳ぶと頂点で減速する。敵を踏むと小さく跳ねる。実際の物理現象を完全に無視するわけではないが、現実とも違う。しかしデタラメではない。プレーすることでゲームの世界の背後にある法則性の存在を感じる。『スーパーマリオブラザーズ』のマリオの動きは、その世界でしかるべき、ごく自然なものだという感触があった。だからこそ、友人からの当たり前の指摘に驚いたのだ。
楽しさの根本は、スコアやステージクリアといった到達すべき目標を満たすことではなかった。ただ単純に、走って、跳んで、マリオにその世界独特の軌道を描かせること自体が楽しかった。非現実でありながら、別世界の原理を堪能できた。多くの人が魅了されたのも、電子データが表現する世界のありように深く納得できたからではないだろうか。
「リアリティがない」には共感できる場合がある、と書いた。ただし、そこで使われる「リアリティがない」は往々にしてあまり正確ではない。
彼らが言いたいのは「リアリティがない」というよりは、「納得感が得られない」に近いのではないだろうか。「フィクションだから現実ではないことは承知している。しかし、その世界が存在するとしても、そんなことは、起こらないのではないか?しないのではないか?言わないのではないか?その造られた世界のなかの基準で考えても何か不自然ではないか?」発言から具体的な不満を汲み取るとすれば、こんなところだ。
フィクションから感じとる世界観の歪みは個人的な感覚だ。同じ作品に対して多くの人が認めた後ならともかく、一個人がそれを伝えるだけなら、「合わなかった」で退けられる。しかし、鑑賞者が自分だけでない普遍的な違和感だろうという感触をもてば、その歪みの感覚を伝えたくなる。そこで、手垢のついた「リアリティがない」という言葉の出番となる。
つまり、この場合のリアリティが意味するのは現実世界の法則性ではない。創作世界にある別のリアル、その世界の背景にあるはずの何らかのルールや必然性である。『スーパーマリオブラザーズ』で操るマリオのダッシュやジャンプには、その世界のリアルが息づいていた。
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