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茨城のことが大嫌いです。

新卒で茨城県に配属となった。
当初、地元で働こうと思っていた僕は、気持ちの整理が全くつけられずにいた。
常磐線に乗せられ、過ぎゆく車窓を抜け殻のように眺めていた。あまりにも周りに何もない景色に、一体自分は何をしているんだろうと涙が出てきた。

当時始めたばかりの写真趣味も、茨城に来て以来、あまり気乗りしなかった。ただ、日が経つうちに自分の住わされているこの場所について何も知らない怖さを感じた。茨城とはどんな場所で、周りには何があるのだろうか。

これから出す写真は、茨城の地理歴史を知ろうとする過程で撮影したものだ。
茨城を憎みながら愛してきた2年半の写真たちである。

時折、風に乗って馬糞の香りが漂う場所

令和の時代に暴走族が走る場所

東京とのコントラストでなぜか滑稽に映る場所

正直なところ、あまりポジティブな印象はない。

でも、本気を出した茨城はものすごかった。
狭くて窮屈な日本とは思えないくらい広い空、常陸野、霞ヶ浦。真っ平な関東平野の中にポツリと立つ筑波山は実に秀麗だ。

県北に目を向けると、関東平野の北端である久慈川を境に阿武隈高地が太平洋まで迫り出してくる。工都日立は、モナコのような断崖絶壁の上に立っていた。JX金属も、日立製作所も、この街から生まれたのか。

そして何より太平洋。
水平線を眺めても恐ろしいほど何も無かった。
極東の中の極東に位置する鹿島灘を感じさせた。

とんだ配属先だと思ってやって来てから2年半が経った。
僕は職場の送別会や役所の手続きを終え、引越しの荷物を詰め込み国道6号を上っていた。
県内の数々の街を通り過ぎていく。
当時は、縁もゆかりもなかった地名の羅列は、何かしらの思い出がある意味を持った地名となっていた。

僕は引越しを終え、新しい家に住んでいる。
新しい街はまだ居心地が悪く、どこか寂しい。
こうして、また繰り返して行く。



【おわりに】茨城への愚痴

①つくばは茨城ではない。
垢抜け過ぎだ。あんなもの「東京都つくば市」で良い。

②土産物コーナーは茶色。
かなりの種類の名産品があるはずなのに、栗と干し芋、納豆で乗り切ろうとしている。あまりにもナンセンスだ。帰省のときは土産選びに苦労した。

③通勤時の進路を遮るもの
県内のありふれた片側1車線道路、前方をトラクターが時速20kmで走る。おまけに道も泥まみれになってボディも汚れる。またあるときは動物が横断することも。キジとか。

ああ、本当に茨城が大嫌いだ。

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