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書評:『車輪の下』ヘルマン・ヘッセ

①紹介

ドイツの作家ヘルマン・ヘッセの自伝的小説『車輪の下』(高橋健二訳、新潮文庫、1952年)を紹介します。成績優秀で周囲の期待を背負う少年ハンス・ギーベンラートの純粋な心を壊したのは、規格品作りのために生徒の個性を否定する学校という名の「車輪」でした。

②考察

・「魂をそこなうよりは、肉体を十ぺん滅ぼすことだ」
→地元の靴職人がハンスにかけた言葉。新しく町に赴任してきた牧師を靴職人は快く思っておらず、ハンスに彼に近づかないよう戒めるも、か弱い少年には薬どころか毒になってしまった。子供が持つ微妙な心の変化や好奇心を真っ向から否定する悪い大人の鑑。

・「疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと、車輪の下じきになるからね」
→頭痛に悩むハンスに神学校の校長がかけた言葉。しかし校長をはじめ、神学校教員のほとんどは(間接的)加害者側で、ハンスの親友を思う気持ちを全く理解せず、二人の仲を裂こうとした。なぜ大人は自分自身が「車輪」であることに気づかないのか。

・「ほとんど例外なく最も優秀な生徒について不運な結果を見るのは、情けないことじゃありませんか」
→ハンスの葬儀に参列した彼の知り合いの言葉。最悪の結果を間接的に引き起こしたのが自分たち大人だということに全く気づいていない。死者が出てようやく自分たちの過ちに気づくという皮肉。それでは遅すぎる。

③総合

ハンスが神学校の友人を心の拠りどころとし、退学後に俗世を受け入れて溺死したのは、幼い頃に母親を亡くしていたことに起因するだろう。母親あるいはそれに相当する女性の存在が男児の心身の成長にどれほどの影響を与えるのか深く考える必要がある。また、この小説の主題は「教育とは何か」であり、生徒の個性をことごとく破壊する現代のブラックな教育問題に通ずるものとして多くの人に認識されるべきだ。

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