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読書:『ボラード病』吉村萬壱
①紹介
小説家の吉村萬壱氏による『ボラード病』(文春文庫、2017年)を紹介します。ボラードとは、埠頭に停留する船を綱で繋ぎ止める鉄の杭のこと。とある県の被災地・海塚市で一人また一人と死んでいく小学校の同級生。少女の回想という形で語られる同調圧力の恐ろしさと「絆」の弊害に絶句すること間違いありません。
②考察
● 「お前、ちゃんと海塚を歌え」
➢ ここで言う海塚とは、復興のために海塚市民が一丸となって歌う「海塚讃歌」のこと。主人公の恭子は自分の意思に基づき、周りと少し違う行動をとっただけで教師から海塚嫌いを疑われる。綺麗事に満ちた即席のチャリティーソングで人と人のつながりを深めるなど馬鹿げた話だ。結局それは、できる人とそうでない人とを篩い分ける手段でしかない。
● 「海塚にドウチョウしたのね」
➢ 恭子の母は、彼女が変な行動をとるたびにキツく当たっていたが、それは自分が周りから変に思われたくないからであり、同時に娘を「病気」から守るためだった。もちろんずっと前から海塚のことなど好きではなく、復興ボランディアを主催する町会の人間が自分たちを縛っていることを悟っていたのだろう。ただ、母がそれを警戒するあまり、恭子はそれから離れ、人々のうわべだけの優しさに心酔してしまったようだ。
● 「私はボラードですか? どうしてあなた方のために、あなた方の命綱でガチガチに縛られて、こんなところで生き続けていなくてはならないんですか?」
➢ 「こんなところ」とは恭子が無理やり連れてこられた施設であり、「あなた方」はそれを管理する巨大組織の人間を指すか。ここで過ごすうちに恭子はすっかり身も心もやつれ、海塚を呪い続ける日々を送っている。まるで反体制派を罰する治安維持法のようだ。昨今の日本における若者の生きづらさに直結する部分も少なくない。
③総合
いとうせいこう氏による後ろの解説が興味深い。小説は社会を変えるほどの力は持たないが、社会の歪な構造を明らかにするものであるとのこと。本書も同じだ。同調圧力という妄想か虚構のために私たちはいつまで振り回され続けなければならないのか。
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