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書評:『ペスト』A.カミュ

①紹介

アルジェリアの作家アルベール・カミュによる『ペスト』(宮崎嶺雄訳、新潮文庫、2004年)を紹介します。コロナ禍の時には爆売れしましたよね!大量の鼠が死に、疫病の蔓延により世界から孤立した街で翻弄される人々の群像劇は、コロナ禍を経験した私たちにとって、もはや他人事とは言えないでしょう。

②考察

● 「肝要なことは自分の職務をよく果すことだ」
➢ 主人公リウーは当初、ペストを前にしても少し驚くだけで、その後は医師として冷静に患者の治療を続けた。仕事に打ち込めば、疫病に怯える暇はなくなるだろう。コロナ禍の時にSNS上に跋扈した「自粛・マスク警察」はまさにリウーとは逆の位置に立つ暇人だったに違いない。

● 「この世の秩序が死の掟に支配されている以上は、おそらく神にとって、人々が自分を信じてくれないほうがいいかもしれないんです」
➢ コロナ禍において、特に「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人たちは、リウーと同意見だったのではないか。現実に即した生き方が最も安心だと信じる者は少なくないだろう。一信徒として私が考えるのは、神を信じるも信じないも人それぞれであり、そこに優劣は存在しないということ、苦難を乗り越えようとする人々が現実にいるということだけだ。

● 「皆さん、私どもは踏みとどまる者とならねばなりません」
➢ ペストに感染したパヌルー神父による最後の説教。神がお望みのゆえに、屈従すら喜んで受け入れなければならない。信仰が思いのほか残酷であることを告げる彼は、旧約聖書に登場するヨブのようだ。そして知人の子供の死をきっかけに、真理語りをやめたパヌルーは後に一切の治療を拒んで息絶えた。

③総合

リウーの現実主義は「人文主義」と言い換えることができ、本書の主題は人間讃歌であると言えよう。知人のタルーは、人が神によらずして聖者になることに惹かれていたが、これはリウーの思想に近く、近年ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』の内容に通ずるものがある。物語終盤でペストは消え去ったが、リウーがその再来を予言したことを、読者である私たちは深く心に留めねばならないだろう。

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