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書評:『口語訳 古事記 人代篇』三浦佑之

①紹介

日本文学者の三浦佑之氏による『口語訳 古事記 人代篇』(文春文庫、2006年)を紹介します。『神代篇』の続きに当たる本書では歴代天皇の事績や英雄譚、そして骨肉の争いが展開され、神々さながらのドロドロぶり。神も人も根本は何も変わりませんね、本当に。

②考察

● 「同じ兄弟の中で、姿かたちが醜いというので大君の許から返されてしまったということが、周りの村里の者たちの噂になるのはとても恥ずかしいことで、わたくしには耐えられません」
➢ 11代目の天皇・垂仁に嫁いだ4姉妹のうち、醜い容姿ゆえに拒まれたマトノヒメの嘆き。天皇に気に入られないというのは、神に見放されるようなもので、この上ない屈辱だったのだろう。最終的に彼女は入水した。

● 「夜明けに、兄が厠に入る時をねらって、待ち捕まえて摑み潰し、その手と足とを引きちぎり、薦に包んで投げ捨ててしまいました」
➢ 12代目の景行天皇の子ヲウスが父の言いつけを履き違えて起こした大事件。兄を殺した直後の弟は平然とこう言い、親子関係は悪化。このヲウスこそ、後に女装して酒宴中のクマソタケルを討った英雄ヤマトタケルであり、クマソの最期も兄並みに惨い。

● 「この御陵を壊すのに、他の人を遣わすべきではありません。もっぱらわたしが一人で出かけて、大君のお心の通りに壊して参りましょう」
➢ オケ(後の24代目の賢仁天皇)が父の仇をとるべく、怨敵オホハツセの眠る墓を掘り起こそうと画策。死者にとって、その陵を暴かれることは辱めに他ならず、ここではオケの恨みの強さが窺える。しかし彼から見てオホハツセは叔父であり、オケは陵の傍らを少し弄っただけで、壊しはしなかった。

③総合

この数週にわたり、私は『古事記』に触れたが、日本国の創造や天皇の歴史が長々と展開される様は、旧約聖書の内容を想起させるものだったと言えよう。本書における語り部の役割は旧約に登場する預言者のそれに近く、人間の代表であり、天と地とをつなぐ仲介者としての面が色濃く表れていた。一方で、救済・終末思想を持たない日本神話が、それを持つ世界宗教のように存続していることへの疑問は残ったままである。

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