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書評:『口語訳 古事記 神代篇』三浦佑之

①紹介

日本文学者の三浦佑之氏による『口語訳 古事記 神代篇』(文春文庫、2006年)を紹介します。日本という国はいかにして生まれたのか。造り主である神々のドロドロ展開。日本最古の歴史書に描かれた人代前夜の喜怒哀楽をご覧あれ。

②考察

・「このわが身の成り余っているところを、お前の成り合わないところに刺しふさいで、国土を生み成そうと思う。生むこと、いかに」
→兄妹であり同時に夫婦でもあったイザナキとイザナミ。全知全能とは言え、性交によって日本国を創るなど、まさに神ならではの発想だ。イザナキの際どさ満載の提案に対し、イザナミが乗り気なのもいっそう生々しさを浮き立たせている。

・「あなた様にも益して貴き神のいますゆえに、喜びえらき遊んでいるのです」
→天の岩屋に引きこもったアマテラス(イザナキの子でスサノオの姉)を外に出すべく、アメノウズメが裸で踊り神々を笑わせる場面。神楽の起源とされているウズメの踊りを見てアマテラスは外に出るのだが、神性を感じさせない俗っぽさや人間らしさによって、読者に神への親しみを持たせる効果があるのだろう。

・「どうぞわたくしを見ないでくださいませ」
→ワタツミの娘トヨタマビメは子生みのために夫ホヲリにこう言ったが、怪しんだ彼によって、大きな鮫の姿になったのを見られてしまう。イザナミもこれと同じことを言い、かえってイザナキの好奇心を掻き立て、異形を見られたが、これはそのオマージュか。なお、初代天皇の神武として有名なカムヤマトイハレビコは、ホヲリの子が叔母(トヨタマビメの妹)との間に授かった(!?)子である。

③総合

「神」と聞いて、私たちは人間とは明らかに性格を異にする存在、あるいは神と人間との間にどうしようもないほど大きな隔たりがあるものだと考えがちだが、日本神話に登場する神々はみな人間臭さを放っており、時に無垢で時に残酷な面を見せる。しかし昨今、学界においてそれはどうしても先の戦争と結び付けられて語られることが多い。私たち日本人が『古事記』の世界観や民間信仰から無意識的に培った日本人観は、戦前・戦中の日本政府が悪用するうえで好都合だったのだろう。神話の謎に心を躍らせながら『人代篇』へ。

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