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書評:『国家の品格』藤原正彦

①紹介

数学者・藤原正彦氏によるベストセラー本『国家の品格』(新潮新書、2005年)を紹介します。近代西洋の合理主義が生んだ「論理」によって教育の質が下がり、伝統文化が侵食された昨今の日本。誇れる「国柄」を取り戻すためのカギを、古来より重んじられている「情緒」と「形」に見出します。

②考察

・「『国民は永遠に成熟しない』のです」
→藤原氏は、現代の日本人が精神的に弱くなってしまった原因を「論理」に見出している。氏の解釈に従えば、それはかつて列強が帝国主義や戦争を正当化するために掲げた大義名分で、虚構に過ぎない。東日本大震災の発生時に叫ばれた「絆」や今日の「多様性」といった概念もその一つだろう。私たちは、「論理」に依存しすぎた代償として精神的退化という業を背負ってしまったのではないか。それは一種のプロパガンダに近い。

・「祖国愛のない者が戦争を起こすのです」
→藤原氏は、「パトリオティズム」の訳語として「祖国愛」を用い、ナショナリズムと明確に区別している。自分の生まれた国に古来より根づく伝統文化や自然を愛でるという意味で、堅苦しい印象を抱かれやすいが、激しい「論理」の洪水に抗う策となり、教育の質を間接的に改善させることが幾分か可能となろう。

・「文化度が高いこと、あるいは国家に品格があるということは、防衛力にもなるということです」
→この見解には少し疑問が残る。もしこれが通るならば、現在ロシアに侵攻されているウクライナには品格がないということを意味するからだ。無論そんなはずはなく、ウクライナが攻められるとしても、品格や防衛力がないことが理由ではない。藤原氏は日本の現状を憂いてこのようなことを言ったのだろう。この辺りは日本人の自尊心のあり方にも大いに影響を与えそうだ。

③総合

前回紹介した『資本主義はなぜ自壊したのか』(中谷巌 集英社文庫、2011年)が経済の視点から日本再興を説いたものだとすれば、本書は教育の視点からそれを説いたものということになろう。藤原氏は数学者という立場柄、決して「論理」に否定的ではなく、その大切さを説いたうえで日本の「情緒」や「形」の再評価を訴えている。それらや武士道を時代遅れと判断するのは自由だが、「何となく必要だから」を理由に行う英語教育や政府主導の国際貢献が絶対に正しいとは必ずしも言えない。

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