ポニーテール【詩】

 この世界に在る物、その粒子のなかでいちばんに健やかでしなやかな成長を遂げたのは、君のひとつに結んだその髪。だれひとり届かない高いたかい位置に在るそれは、跳ねるように柔軟に、ぼくの眼に飛びこむ。

 いつも君が立つ方向が前でぼくが立つ方向が後ろなのは、北極と南極のどっちがどっちか決定するよりもひとつ以前に決まっていた事実。ぼくは君に追いつけないこの切なさと情けなさに慣れてしまって、逆に味を占めてしまって、君の後ろ姿をだれよりも味わう特権を得た。まるで徒競走で前を走る君が疲れて足を落とせば、その分自然とぼくのペースも落ちるみたいに、地球と太陽の距離と同じく君とぼくの距離は離れずとも縮まらず一定を保ち続ける。それは千切れずとも弛まない、ピンと張り詰めた緊張感がつづく糸電話の糸みたいに君はぼくに伝染する。君を作る素材はぼくのそれとはあまりにも違い過ぎて、その肌は距離感がこれ以上縮むことを当然のように白く拒む。なんて夏に映える爽やかな張りだろう、ここ数年1番の今年の異常気象さえ、君は当然のやさしさで柔らかく受け止めている。

 君の足は、廊下に虫唾が走った醜い無数の黒キズのその上を、勢い良く漂白剤を溢していくように活き活きと進む。右足を踏み込む時は左に、左足を踏み込む時には右に、毛束を揺らせて歩いていく。それは学校指定の上靴を履いた足よりもずっとずっと果てしなく緩慢に、それでいて優雅で自由な揺れを魅せ続け、ぼくの心を切なく圧倒し続ける。触れたことのないその毛並みの感触というのは、まるで豪華な家の猫の尻尾、もしくは真っ白なフェレットがぼくの手首から指の間へスルッと駆け登り、駆け抜けていく触感だった。この揺れ具合というのはまるで、授業よりも放課後よりもずっと価値のある、後の人生の世界を物語る意味をぼくにもたせた。一方で、その儚げな揺れは、今立つこの世界に施錠されているからこそよわそうに見えるだけで、解き放たれれば無限のつよさを発揮するようにも見えて、その潤う髪のもつれをきめの細かい櫛で丁寧にも解かした後、太い指で乱雑にぐちゃつかせ、そのしおらしさを最後まで潰してやりたい気持ちにもなった。なんだか悔しくて虚しかった。 
 でも大概の夏なんてそんなもので、おわりをチラつかせるその弱さをみせられれば、かわいそうで救ってあげたくなるけれど、真夏にはあんなにも鋭い日光でぼくを殺しに掛かってきたのだから。同情する筋合いもないほど、きっと彼女はしたたかだ。そしてぼくは、自分自身のこの怠惰な姿勢を何処か許して誇っている部分もあって、それを未熟か達観かと聞かれれば、まぁなんともいえない顔で達観と応えるのだろう。 ひねくれているのは知っている、でもひねくれようがそうでなかろうが、地球は地球として、太陽は太陽として其々の役目を変わりなく全うして行くだけなのだから、べつに自由にさせて欲しいと思った。
 願わくば、窓の外から変につよい風が吹いて、その毛並みの先がみたことのない角度まで振れ上がるのを見てみたい。ちょうどその時、君が振り返ってぼくと目が合えば、きっと地球と太陽のこの均衡は、絶対に乱れをきたすに違いない。


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