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香港で三派会合する~辛亥革命への道⑭

フィリピンの独立運動が失敗に終わったころ、長江で活動する革命組織、哥老会のメンバーが香港を訪れていた。

孫文の興中会、鄭弼臣の三合会、そして哥老会の三派が合同の秘密会議を行う為だった。

ところが、この会議を妨げようとした勢力がいた。

それは以前、宮崎滔天の手引きで日本に亡命した康有為らだった。

彼は亡命後、日本政府の力を借りて西太后に対抗しようと考えていた。

ところが、彼が頼みとしていた大隈内閣が倒れ、山縣内閣に代わってしまう。

すると日本政府の方針も変化し、外交に不利になるという理由で康有為を国外追放にした。

そこで康有為は哥老会と手を結び、改革の先鋒にしようとしていたのだった。

彼は腹心の唐才常に相談した。

唐は哥老会の頭目の一人である史仲吉という男と懇意にしていたので、彼に会議を妨害させようとした。

会議の真っ最中、史仲吉が慌てて入ってくると荷造りをしながらこう言った。

「今、広東の同士から電報がきて長江一帯の仲間が起った! 諸君らも早く帰らなければ大変なことが起きるぞ。我らの子分を見殺しにするわけにはいかないだろう!」

この言葉に驚いた哥老会のメンバーはどよめきだった。気の早い者はすぐに荷造りに取りかかった。

だが、これを会議妨害の工作だと見破った宮崎滔天は、冷静にこう言った。

「史君の報告が事実であれば由々しき事態だが、それは誤りであろう。僕ら日本の同志からそんな報告は入っていない。まずは僕が宿屋へ電報が来ているか確認した後、日本の領事館へ行って聞いてみよう。諸君も間違った報告のため、会議を放って帰るのは本懐ではあるまい」

その台詞に一座は納得した。

宮崎滔天は宿屋に戻ると、暗号電報のようなものを適当に自分で書き上げた。

翌日、それを持っていくとそれを見せて

「昨日、領事館の暗号を利用して問い合わせたらすぐに返事がきた。ここには平穏無事と書いてあるから心配しなくても大丈夫だ。協議を継続しようじゃないか」

全員が安堵した中、史仲吉のみ不満顔だった。

その後、会議は順調に進み三派は合同することになり、孫文を首領としてその命のもとで革命運動を行うこととなる。




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