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演劇の台本はなぜあがらないのか?

 演劇の世界にいると「まだ台本があがってないんだよね」という台詞を頻繁に耳にする。

 自分は20年以上書いているが、締切を破ったことはない。だからといって偉いわけではない。
 資料調べに一ヶ月から三か月ほどかけるので、最初から締切を長く設定してもらうからだ。
 まぁ、どんな業界でも納期を守るのは当たり前といえば、当たり前なのだが。

 それでも、過去一度だけダメかもと思った時はあった。あるプロダクションからクリスマス公演の台本を依頼されていたのだが、締切日が決められていなかった。だから、まだしばらくいいかなと、高を括っていた。

 そしたら9月頃にプロダクションの所長から電話があって「来週くらいから稽古に入りたいので、台本どうですか?」と聞かれたのだ。

 その時、まだ1ページも書いていなかった。

それなのに「わかりました。来週にはお渡しします」と言ってしまった。

 その1週間は本当に生きた心地がしなかった。ずっと頭はキリキリしてるし、まともに寝れなかった。
 それでも、まだ若かったので気力と体力はあった。それとストックしていた話がいくつかあったので、何とか1週間で書き上げることができた。
 今思えば、若い頃にこんな経験をしているから、守るようになったのかもしれない。

 やっかいなことに演劇というのは本番前日だろうと台本の修正が可能だ。
 締切日に台本を上げたとしても、幕が開けるまで仕事は終わらない。稽古をしながら演出の要望で台本を書き換えたりすることも多い。(だから、演出と劇作は同じ人物がやったほうが効率が良いなと最近思う)

 とにかく演劇の台本はよく遅れる。「まだできてないんです」という劇作家は、どこか誇らしげでさえある。

 劇作家の大御所、井上ひさしも遅筆で有名だった。公演当日になってもあがらず、役者が全てアドリブでやったという話は有名だ。

 なぜこんなことが起きるのだろう。

 要因の一つは、演劇の制作が台本が完成してる状態から行われるわけではないからだ。

 先に企画があり、公演日程を決めてから会場をおさえる。(だいたい1年くらい前)それから台本執筆にかかる。
 だが、書いている間に環境は変化する。別の仕事だって入る。想定してた役者が辞めることだってある。

 また、ラストスパート型の作家はどれだけ期間があっても、締切が近くならないと執筆意欲がでなかったりする。締切直前にならないと書けないという人は多い。

 演劇において台本というのは、全ての基本であり設計図だ。設計図が無いと何もできない。

 役者は役作りができない(その役がどんなラストを迎えるかわからないのだから)音楽も作れない。照明プランも立てられない。大道具も小道具も衣装だって台本が無いと何もできない。

 それでも、公演日はやってくる。舞台本番のクオリティは台本が上がってからの期間に直結すると言っても過言ではない。

 だが、不思議なことに締切を守らず、本番ぎりぎりまで台本を書いている作家のほうが、書き上がった時に「頑張った!」「よくやった!」「凄いね!」と褒められる。

 期限をきちんと守って台本をあげても「ここ、もう少しどうにかならない?」「もっと面白くなるんじゃない」とダメを出される。それもそうだ、ぎりぎりでやっと上がった台本を修正する時間なんてないのだから。

 そして、この現象は何かに似ていると思った。それは「ヤンキー理論だ」

 不良がたまに良いことをすると「あの人、実は良い人なんだ」と褒められる。
 いつも良いことをしていた人が魔が差して少し悪いことをすると「そんな人とは思わなかった」と軽蔑される。

 締切を守らない(守れない)人達は、肌感覚でこのことを知っているのかもしれない。ギリギリで上げたほうが周囲からも褒められるし、自分もやりきった感がでる。しかも、作品のダメ出しも少ない。

 だとしたら、いくらその作家を責めたところで、今後も締切は守らないだろう。人を責めたところで、構造を変えないと変わらないのではないか?

 例えば、本番3ヶ月前には、関係者のみを呼んでプレ公演を行うなど、対策は立てられる気がする。




 




 

 





 

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