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2024年6月24日の日記-観察と排出と排泄と観察と本屋-

近所の本屋に行ったら、なんだか文章が書きたくなったので、日記を書く。
僕はそこらじゅうに日記を書いている。寝る前にノートで書いている。僕はほとんど毎日、パステル画を描いているのだけど、それも日記だ。あんまり意識してなかったけど、日記、記録をつけることに、一日の3分の1くらいを費やしている。

鬱になってから、とにかく自分の日常を、観察し、そして排出することが重要なことに気がついた。
僕は朝の散歩を日課にしている。朝に20分くらい、鴨川沿いを早足で歩くのだけど(今の時期は軽く汗をかくくらいで気持ちい)その時に無意識に、自然を観察している。僕の描くパステル画のテーマは自然だ。たまにパステル画を見返してみると、自然しか描いていないことに気がつく。どうも僕は心象風景や自分の気持ちを内省して見て浮かんできた風景を描くのはどうも苦手のようで、いつも自然ばかり描いていることに気がつく。だから、僕のパステル画には伝えるべきテーマがない。パステル画を描いて、世に発信したいテーマとか、そんなものはない。それで、歩きながら、僕は、自然を観察しつつ、無意識で内省していることに気がつく。

今までは、ラジオとか、朝に聴きたい音楽とかを聴きながら朝の散歩をしていたのだけど、最近は、何も聞かずに散歩をしている。
そうしていると、自然と「内省状態」になる。自然と内省している。どうやら、朝の散歩の時は「インプット」をしない方がいいらしいことに気がついた。僕は朝の散歩を始めて、三年から四年くらいになるのだけど、まったく何も耳から情報を入れない方が、朝散歩が終わった時に頭がすっきりしていることに気がついた。
そんでもって、僕はより、自然を観察するようになっていた。との声とか、川の音とか、木々が風にどうどうと揺れる音とか、葉っぱが擦れる音とか。僕は今までの散歩で気がつかなかったことに、ここ数日、目が入っている、耳が入っていることに気がついた。

そして、観察をし、パステル画を描いたり、文章を描いたりして、今日の観察結果を排出している。アウトプット、とか、そういうかっこいい言葉を使って見たいけど、本当に歩いていて、僕の体に入ってきたもの(つまりインプットということだけど)を、朝ごはんと一緒に咀嚼して、そして午前中から昼過ぎに排出する。排泄といってもいい。そんな感じだ。
それで、その排出行為を、なんとか日常の家事労働仕事生理現象運動学習意欲雑務、たまに鬱になったり、たまに軽躁になったり、人間関係その他諸々の「生活」に折り合いをつけながら、適度に行なっている。

鬱はそれらの澱が、胃の底に沈殿した時に、やってくる。
鬱のもとになる、沈殿した澱は、適度に排出してやらなければならない。
創作はそれにもってこいの、精神的排泄行為だ。

僕の家の近所には、ありがたいことに、大きい本屋があって、僕はしょっちゅうそこに行く。僕はこの本屋のラインナップが世界一好きだ。この世のすべての本がここに置いてある、と錯覚してしまう時ほど、品揃えが充実している。僕も本を書いているのだけど、いつか、僕の本がここで置かれたらどんなに素敵だろう、と思いを巡らせる。

そうして、書店の一階と二階を行ったり来たりしているうちに、僕はなんだか、文章を書きたくなって、今、こうして、書いている。

今日は朝、電柱の上に止まっていたカラスを描いた。僕が散歩していた時に、雨は降っていなかったのだけど、雨上がり直後、みたいな空だった。この時期の雲は、毎日表情が変わる。光の差し込み方も変わる。だから毎日、観察をしている。僕は他のテーマを書きたくなって、ローアングルを試してみたり、建築物を書いてみたり、いろいろ試して見てはいるんだけど、やっぱり空模様を描くのが面白いのだ。空と雲はすっかり僕のテーマになりつつある。

最近は鳥を構図に入れることが多い。でも鳥は小さく描いている。なぜか。僕もよくわからないけど。空を飛んでいる鳥が気になるのだ。雲の下を飛んでいる鳥が気になるのだ。

この文章を描いているのは、19時02分だ。今日もしっかり疲れている。疲れているのは重要だ。疲れていないと、眠れない体。眠れないのは鬱の元だ。だから僕は、一日中、「俺がどれだけぐっすり眠れるか」を考えながら、日常生活を送っている。
今まで、僕は日記を、次の日の午前中に書いていた。今日は夕方に書いている。どうやら僕の場合は、日記を夕方に書く方が向いているらしい。きっと、前日の出来事は、夢とか、寝ている間の脳の働きとかで、消え去ってしまうのだろう。
一日の「沈殿物」は、一日の終わりに排出するのがいいようだ。

聞いているか俺よ。
日記は夕方に書くんだぞ。

明日も何か描くだろう。
描かないかもしれないけど。
それはどっちでもいい。毎日作ることは、僕にとって重要なテーマではあるけど、さしたる重要性をもっていない。

しかしながら、世界には描くべきテーマが溢れている。
なんと素晴らしいことだろう。

今日のパステル画『カラス』

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