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2014.6.8

片側3車線もある広い道路沿いに建つ低層マンションの2階。
15畳ほどのLDKの窓際の小さなテーブルに座っている。
明け方。
奥のテレビでは何かのニュースが流れていて、まだ薄暗い部屋の中ソファの輪郭だけが浮かんでいた。
寝巻き姿の彼女が朝食を運んでくる。目玉焼き、ベーコン、チーズ、レタスをサンドしたベーグルと紅茶。ベーグルをめくりタバスコを大量に振りかける。「またそんな食べ方して…」と彼女が笑う。「いいの、これ好きなんだから」とパンを頬張り紅茶で流し込んだ。

窓から心地の良い風が吹き込んでくる。風につられて外を見ると2階建の青色のバスが走っている。バスの向こうに東京タワー。「へぇ!この部屋東京タワーが見えるんだ。ねぇ?」少しテンションが上がる。にっこり微笑む彼女。「散歩がてら行ってみる?」

早朝の街を彼女と歩く。
突然肩をポンポンと叩かれ、振り返ると
「千円ちょうだい」と声をかけられる。
彼女とふたりあっけに取られていると、もう一度「千円ちょうだい」とおじさんは言った。歳の頃60前後だろうか。焦茶のストローハットに仕立ての良いグレーのブレザー。パリッとしたブルーのシャツにジーンズを合わせ、丁寧に手入れされたキャメル色の革靴を履いていた。品の良い眼鏡をかけ口髭を生やしたそのおじさんは、身近な人間に「やあ、久しぶりだけど元気かい?」と声をかけるように、ごく自然に「千円ちょうだい」と声をかけてきた。あまりのギャップを目の前にすると、人はあっけに取られ固まってしまう。何も返せずにいると、「なんだ、今日はくれないのか。じゃあまたね」とおじさんは去っていってしまう。
彼女と顔を見合わせる。彼女が首をかしげる。私は慌てて首を振る。
「まぁいいや。いこっか」と彼女が私の手を取る。
そうして私たちは東京タワーを目指した。

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