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三篇の短い詩・季節ごとに数日間だけ訪れる楽園

「湖」

ベッドに寝転がって
掌に湖を載せる
カバンの中で電話が止む
わたしの体は
壁に吊したドライフラワーに変わる



「黄昏」

バスルームの鏡に映る体に
骨まで焦がれたい
死んだままで
血の通わないキッチンに立つ
卒業式
水に浮かぶ夢を見た
私ひとりがいない世界



「夜明け」

白い腕のふくらみ
夜が明ける
仮塒
戸を叩くのは夜を失った指先
夜を失ったままでどこへ行こう
暗い部屋で蛇の舌だけ燃えていないか
血を吸いに行こう
野原まで
 



 季節ごとにたった数日間だけ訪れる楽園で、
 鐘の音が日毎に四十八回、時を告げる。
 それが私の原風景だ。


 朝、目が覚めると寝室には三人の私がいた。
  
 一人は縁にベッドの腰掛け、一人は窓枠に凭れて外を朝焼けの通りを眺めていた。もう一人はいまだシーツに包まってぼんやりしていた。シーツの一人が伸びをし、躰を起こしてスマホを見ていると、ドアが開いてあともう一人現れて椅子に座った。

 今日は休みだから私は皆、活動をするのが億劫なのだ。それで良いのだ、などと勝手に納得しているとスマホに着信があった。それは休日出勤をしている私からの電話で、私は小一時間こってりしぼられてしまった。そのことを窓辺の私に話すと、彼女は昔飼っていたインコと同じ顔をしていた。そうそう、そっくりそっくり、そういう顔してたよ、とさっき帰って来たばかりの私が笑った。彼女はすぐにまた外に出て行ってしまった。

 こうしてはいられない、とベッドの縁から私は立ち上がって服を着替え、トーストを口にくわえた。そのまま下へ降りると階下の私はもう身支度を済ませていて、もう朝の一〇時だというのにぼさぼさヘアーで生のトーストを囓っている私を笑った。

楽園とユートピアというのはしばしば混同される。けれども楽園、パラダイスというのはそもそも塀で囲われた場所を意味することばである。一つにはそれは王族が余暇に狩猟を愉しむための人工の狩り場を指している。一方でユートピアというのはただ単に、どこにもない場所という意味である。

使いかけの古いリングノート

 私は道案内をしてくれるという私を伴ってはしごを降りていった。

 高いところが苦手というわけでもない私が怖いと感じるほどに、そのはしごは園の高いところに掛けられていた。下を見るなという私の言葉より早く、私は遙か地上を見下ろしてしまった。雲が出ていてあまり見えなかったけれども怖いものは怖い。ひゃあ、と声を上げるとうるさいよと叱られた。

 楽園からの帰り道、駅で加密列茶をお土産にもらって帰途についた。

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