見出し画像

若い人々とミズノさん


 タイムリーに若い人に手技を褒めてもらえて嬉しいので、ちょっと記事にでも。

この子かわいいんだ、私が細かいことしてると、いつも様子を見に来てくれて。
(※ この『子』もハラスメントなのでご注意。ミズノさんも外では言いません。)


 さて私ことミズノさん、学年的には32歳の人々と同級生、社会に出てから大体10年ですから、初心者マークもそろそろ外れ、超若手という括りでもなくなりました。

 自分自身の時間を売ると大体これくらい、手技としてはこれが出来てこれは出来ない、社会的立場上私は一体誰から何を求められていて、それらにどこまでならどれだけのコストで応えることができるのか、といった部分がボチボチ把握できて言語化もできるようになってきている感じがします。

 そんなこんなで、まあ細々どうにか食っていけるだろ、と、ヘラヘラしているうち、気づけば職場に自分よりも若い人々が増えました。

 若い人々、すなわち

① 年齢的に本当に『若い人』
② 学問をよく修められ、修士や博士課程を出て、私と同い年ではあるけれど社会に出てからは2年目といったような『若い人』
③ 前述の理由にさらに留学等を加えて、私よりも歳は上だけれど枠としては新卒にあたる『若い人』

 とさまざまです。

 特に私が一緒に働く人々は、お医者さんや諸先生方のため、②や③がパターンとしては多くなります。医学部、薬学部、獣医学部はそもそも6年制ですし、そこから更に学びを修めるとなると自然と『あれ、同い年くらいだけど言ってることがやたらと新卒ぽいぞ』が起こりえます。

 また『研究職』となると、暗黙の了解で最低でも修士を出ていて欲しいというのが理系職の本音ではあります。必ずしも当てはまるわけではなく、学歴主義というわけでもないのですが、物事や結果に対する考え方の訓練を受けているかどうか、の判断材料として『院卒か否か』はこと新卒の場合は結構見ます。

 ちなみに私は研究職ではなく、どちらかといえば技術屋さんですから学士卒でも今のところ差し障りはありません。職歴で、院卒の肩書きに足りない分の代替を(かろうじて)しているといったイメージを持っていただけますと簡単かもしれません。求められている技能もちょっと違いますが。

 機会さえあれば社会人枠でせめて修士が欲しいところですが、働きながら、家庭を持ちながら……となると、なかなか現実的に難しい部分がありますから、密かな夢です。
 あとついでに申しますと、おつむの出来は断じてよろしくないため、そもそも受からねえだろ!☺️という壁が立ちはだかりますね。

 反り立つ壁の話はさておき、そんな若い人々、(国籍を問わず)妙に私に絡むのです。もちろん喧嘩を売ってくるという意味ではなく、実験台でチマチマ仕事をしているときに気配を感じて振り返ると、いつのまにか、どこからか持ってきた椅子に座って大人しく見物している。目が合うとニコッとしてくれるのですが、そうじゃねえ、何してんのアンタ……。アンタの担当の先生どこ行ったの……。

『絡まれる』の例



 実験室のお約束ごととして、集中して細かいことをしている人、ガラス製品を持っている人、危険な試薬の取り扱いや有機溶媒の取り扱いをしている人、何かを持っている人には、急に声を掛けたり、真後ろに立ったり、動線の妨げをしてはいけません。

 なので、若い人は、私が気づくまでじーっと黙って、微妙に動線の邪魔にならないところに座って見ている。私が髪を振り乱して働いている時は近寄ってきません。そらそうだ。ヤマンバも裸足で逃げ出すくらいの様相です。
 若い人はたまに仲間を連れてきていることもあり、時々、若い人々に取り囲まれるミズノさん状態になっていることがあります。

 私自身まだまだ修行の身であって、到底太刀打ちできない手技や知識の先生方から(仕事なのでお給料を得つつ)学んでいる最中ではあるのですが、若い人々よりは多少近い位置にいます。
 若い人々からすると、教科書や専門誌、機関誌に載る名前の先生方はただ怖いし、実際に無茶苦茶怖いので、クッション材として、全然怒らない私に興味を示しているようです。
 いいよ、いい感じに使ってください、こんなくたびれクッションでよければなんぼでも。

 となれば、怖い先生たちも『あいつをクッション材にして若い奴の話を聴いてやろう』作戦をとり、ちょこちょこ挟まれ役になっていることもあります。
 このクッション、綿くたばって布になってない? 
 みたいな状態によく陥っていますが、まあいいです、若い人が働きやすくなるなら、そんなにいいことはありません。

 令和になって急激に『コンプライアンス』が意識され、私が学生だった頃や新卒だった頃とは、若手教育の内容が格段に変わっているように感じます。
 医療系の教育に多少の荒っぽさや冷徹さがあることは事実です。私も新卒の頃ボッコボコにやられましたがまだ生きています。当時は『あのヒスババア帰りに必ず殺す』とか思っていましたが、立場や年齢が近くなると見えてくるものが変わって『ああ、私が危ない動きしてたから守ってくれたのか』と思うことが増えました。それにしたって『言い方』や『教え方』というものがありますが。
 でも、ある程度の厳しさ、こればっかりは『必要だから』残っている部分があります。

 ただ、それは特殊な業種(人命に係る可能性が大いに考えられ、個人の価値観より集団の公的利益が優先されるケース)でのお話であって、そうでない場合、つらく当たる必要は無いと思うのです。
 特にお医者さん且つ学生さんといった合わせ技の人々ともよく働きますが、その人々は日々現場でボッコボコに怒られたり詰められたりしてるわけですし、学位論文のための実験の途中でまでボッコボコに怒られなくたっていいです。

 分からなければ何度質問してくれていいし、困った時には1人で抱え込むことだけはせず、必ず『助けて!』と言って欲しいし、体調が悪ければ休んで欲しい。
 些細な手技でも見せて欲しければいくらでも何度でも見せるし、怖い先生と話すのが怖ければ、クッション材として連れて行ってくれてもいい。もう今日は無理だと思ったら、コーヒーでもなんでも飲みに逃げたって全然構わない。ただ心配だから、誰か1人にだけは連絡しておいて欲しいけど。
 若い人1人が抜けて現場が回らないなんてことはあり得ない。あってはならないし、『なぜその人は抜けたのか』を考えなくてはいけない。

 私が若い人と一緒に働く時、意識していることがあります。
 
 情報の共有です。

 とにかく、年次や社歴が上の者は年齢の上下に関わらず、(機密を除いた)情報を隠してはいけないし、業務の手順は必ず、口頭だけではなく紙媒体を渡さなくてはいけないと思っています。
 今日はこういう作業をしますよ、というのであれば、それを紙で渡す。そして一緒に見ながら口頭でも説明する。

 なぜか。

 不安にさせてはいけないから。

 なぜ不安にさせてはいけないか。

 事故が起こるから。

 予算も尽きつつある年度末に高価な試薬をひっくり返すだの、桁が違う精密機器から異音をさせるだの、極論、構いません。無論ショックは大きいし、潰れる実験も起こるでしょうし、そこについては偉い上に怖い先生から怒られる可能性もありますが、でも、とにかく、構わないんです。

 怪我さえしなければ。
 
 私たちが用いる試薬は危険です。
 中には発がん性を持つもの、深い火傷を負うもの、飛沫だけで失明に至るもの、致死性のものもあります。
 妊娠あるいは妊娠計画をしている女性が触ってはいけないものもあります。
 そんなものを、不安な気持ちで扱ってはいけない。扱わせてもいけない。

 だから情報を共有する。
 目的を明確にする。
 全部は伝わらなくても、聞いてないなおまえ!と思っても、必ず『今日やること、あなたにしてほしいこと』を明らかにする。
 都度都度様子を聞く。

 教えない、答えない、若い人に丸投げする。『自分で考えて』なんて言葉もかつてありましたが、今はダメ。ずっとダメだったものが、時代が変わってようやく『ダメ』と認識されるようになりました。

 若いうちの事故や失敗や怒られることを美化してはいけない。愛の鞭?ふざけてはいけない。そんなものは美談ではない。おぞましい。ただの無責任、ただの意地悪で、それらは須く事故のもとになる。事故の根っこが美談に誤魔化されたまま残って、また誰かが転ぶ。いつか自分が転んだこともあったはず。

 擦り傷程度で済むならまだいい。
 打ちどころが悪かったら?
 他の人を巻き込んだら?

 もしも転んだ若い人が、やさしい人で、立ち直れず、心を病んだら?
 
 初心者マークが外れた私たちは、心を病む人をたくさん見てきたはず。ぐっと唇を噛み締めて何事かに立ち向かわなくてはいけない瞬間はある。そのときに根性は要る。
 でも『根性論』は必要ない。
 根性論で嫌な思いをした世代が、次の世代を教える順番が来た。

 自分がされて嫌だったことはしない。
 友だちがされてつらかったことはしない。
 倒れた同期、心を病んだ同期、電車に飛び込んで命を落とした同期。
 たった26歳ぽっちで。


 私は、もしかしたら、厳しい人から見たら『甘やかしすぎ』かもしれません。
 やたらとチョコとか飴とかを若手に配るおばさんにもなりつつあります。
 
 でも良いんです。
 若い人が元気で会社に来てくれたら良い。
 
『うわー、上手ですね。ミズノさん、ピペット使うの速いですね。』

 なんて、この間大学院出たばっかの『子』に褒めてもらっちゃって、おばちゃん、嬉しい。なんてったってピペット使い始めてから14年くらい経つのよ。

 明日も元気で会社においで。
 それで、また細かいことしているミズノおばちゃんの様子を見においで。明日は綺麗な色がついた試薬を使いますから、きっと見ていて楽しいと思いますよ。毒あるけど。
 あなたのことを注意した先生も、強く言いすぎたと気にしていたし、あれはあなたが怪我をするかもしれないと思ってのことだから、そんなにしょんぼりしないで。大丈夫ですから。

 若い人よ。
 おばちゃん、実験室で待ってるよ。

 まあまだ、私も『若い子』として、先生方からお菓子をせしめたりするけど。おいしいお菓子。クッション材としてのバイト代のお菓子です。やっぱ偉い医者っていうのは金持ってんなあ!って思うくらい、おいしいお菓子だから。
 分けっこしましょう。

 無理じゃなきゃ、来てみて。
 細かいことして待ってますから。
 




  

この記事が参加している募集

#仕事について話そう

110,361件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?