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あなたのために15分


 前日の晩に、夫が翌朝何時に家を出るのか聞いておく。
 私はその時間の30分前に起きてお弁当を作る。
 15分で決着をつける。眠いから。
 5時30分の日もあるし、7時10分の日もある。
 春でも秋でも、夏でも冬でも。

 そんなに難しいものは作れない。
 私だって外で働いている。体調も断じて良くはない。10分でも長く寝ていたい。冬の早朝に布団を『えい!』と退けるには大変な気力が要る。
  
 それぞれ別のふりかけを混ぜたおにぎりを3つ握って、お湯を注ぐだけで出来るフリーズドライのスープかお味噌汁、前日の晩ごはんの残りの唐揚げなんかがあれば詰めて、出来上がり。
 ほとんど寝ながら作っている。
 眠い。
 詰め終わったらもう一度眠る。
 
 夫が起きてきて、『お弁当ありがとうね』と喜んで、お弁当バッグを大事に抱えてお仕事へ出る。
 雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、夫は仕事へ出掛けていく。

 私と違って生理もないしPMSにもPMDDにもならないしブラジャーをしなくていいし、髪の毛にコテをかけなくてもいいし、お化粧もしなくていいし、パンプスも履かなくていいし、お弁当まで持って出かけられる夫。 
 帰りだって、晩ごはんの献立を考えなくていいし、材料を買わなくていいし、帰ってきたら予約機能で沸かしてあるお風呂に入れるし、洗濯もたまにするだけでいいし、柔軟剤を買い足さなきゃなんて思わなくてもいいし、晩ごはんを作らなくていいし、明日のお弁当のために卵焼きを先に焼いておくかなんてことも考えなくていい夫。
 一所懸命に働く夫。
 私の大事な人。

 でも、断じてフェアではない。
 不公平だ。
 
 収入に著しい差があるわけでもない。
 なんなら私が狂ったように働いていた頃、収入は夫より多かったけれど、家事は私がやっていた。
 今は違う。
 でも、何十万円も違うなんてことはない。
 そして収入に差があるからといって家事分担の比率に差をつけようということもそもそも間違っている。
 俺の方が稼いでいるから、私の方が稼いでいるから、聞き飽きた。いつまで言っているんだ。もうやめないかそういうの。

 もしも我が家に子どもが居て、この働き方で、この家事割合なら、私はとっくに愛想が尽きて、夫を殺すか離婚するかのどちらかを選んでいる。なんなら離婚した上で殺している可能性もある。
 
 幸か不幸か(?)大人だけだ。
 大人だけだから、原則自分のことは自分で出来る。お弁当を作る気力がない日はコンビニで何か買ってと言うし、ヘロヘロになって帰るだけで精一杯で晩ごはんを作る気力がない日は出前をとる。
 
 夫は絶対に文句を言わない。

 絶対にだ。

 絶対に文句を言わないし、絶対に不機嫌にならないし、絶対に私を傷つけない。
 『作り置きしておけばいいじゃん』とか『手抜きでいいから』なんてバカなことなんか断じて口にしない。命が惜しいからではなく、人柄として夫は言わない。

 家事をこなすという点で夫は無能だ。
 人間はものではないから『使えない』という言い方をしてはいけないけど、そのあたりの面倒なことを置いておいて敢えて言うなら『使えない』。
 邪魔だ。
 せいぜい可燃ゴミを忘れずに捨てに行くくらいのスキルしかない。女がやっても誰も褒めてくれないことを週に2回やる程度の能力しかない。
 これを無能と言わずしてなんと言うのだろう。
 時々『ゴミ捨てに行ってる』と誇らしげにしている情けない人がいるが、それがどうした。

 夫を育てたらいいじゃない、だの、教えてもらわないとわからない、だの宣う間抜けが世には大勢いるが、おかしいと思わないか。

 なぜ成人男性に、外で働いてよれよれになって日常の細かいことをこなした上で『これ洗ってくれる?ありがと!』やら『これ買って帰ってくれると嬉しいな、ありがとう!』やらしなくてはならない?
 甘えるな、だせえ。
 そしてそうした方が『いい女』とされるのはなぜ?
 誰がそういうふうにしたんだ?
 男が言ったのか? それとも前時代の女か?
 誰だ。

 誰のせいだ。

 頭おかしいんじゃねえの。
 みっともねえ。
 お前のせいだからな。
 最初に甘やかしたお前のせいだからな。

 私の夫は、仕事はできる人だ。
 でも仕事だけなら誰でもできる。
 自分が家事において無能だと薄々気づいている夫は、私の家事のやり方に一度たりとて口出しをしたことがない。
 
 繰り返しになるが、不機嫌にもならない。

 そしてこうも言わない。

 『家事が適当でも俺は気にしないよ』だの『掃除をしなくても死なない』だの『俺だったらこうする』だの、最高にウザいそれらを言わない。

 お前の意見なんか聞いてない。

 家庭を構成する1人である『私が』嫌だと思うからやっていることを『俺は』平気だと言われたところでムカつくだけなのだ。論点をずらされることが何よりも腹が立つ。
 そうじゃない。
 出来ない上に分からないなら黙れ。

 誤解されると嫌だから書いておくけれど、私は夫に家事を強制されているわけではないし、お弁当を課題にされているわけでもない。

 愛情なんてワードで片付けられたくもない。
 家事は私がやった方が効率が良いからやっているし、お弁当は家計のためだ。

 それから、最も重要なことだけれど、夫は必ずお礼を言う。変わり映えのしないふりかけおにぎりでも『おいしかった』と言ってくれる。私を尊重していることが分かる。

 だからやっている。
 私の夫は家事においてはほぼ無能だけれど、いい男だ。
 
 そして夫を産んで育てた義母。
 
 この義母が見事なのだ。
 私のことを何ひとつ否定しない。自分の息子が仕事しかできないことを分かっていて、そして肩も持たない。ミズノちゃんなんとかしてやって、とも言わない。よくお礼を言う人だ。
 出来ないならやってくれる人に文句を言うな、言っていいのはお礼だけだ、と徹底して育てた人だというのが分かる。
 
 夫は、いい人に育てられたいい人だ。
 
 だから私の15分をあげることにしている。
 外で働く人間の、朝の大事な15分をあげる。
 
 私の大事な夫になら、惜しくないのだ。


 まあ時々『ちくしょう!次は男に生まれるからな!!』と思うことも、あるんだけどね。



これはお気に入りの味噌ポット




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