【小説】 チグハグ
【ヒロナ】
レコーディングの日を境に、バンド内の空気が変わってしまった。
アキちゃん以外のメンバーが狂ったように音楽に没頭するようになり、中でもマキコちゃんの姿勢は圧倒的なストイックさを見せた。負けず嫌いの性格が加速したのだろう。バンド全体のレベルは大きく上がったが、彼女は、一人才能が突出しているアキちゃんを敵対視するようになってしまった・・・。
そんなタイミングに幸か不幸か、私たちは念願のデビューアルバムをリリースすることになったのだ。
とてつもないスピード感で、プロモーション活動などが一気に増える。プロフィール写真の撮影に始まり、ミュージックビデオの撮影。フリーペーパーや雑誌の取材、対バンライブ、ラジオ出演。
バンド内の空気感が変わってしまっても、目の前の初めての仕事に精一杯になり、うまく誤魔化されていた。
「学校優先」という言葉はどこへやら。気付けば桜は散り、ゴールデンウィークは返上。週末の二日間はほとんど仕事に忙しくなり、このままでは夏休みもびっしりとスケジュールが埋まりそうなほどだった。
阿南さんは“現役高校生”を売り文句にしたいようで、アルバムが完成した途端に、ここぞとばかりに仕事を詰め込んだ。あと一年もしないうちに、メンバーのほとんどが高校を卒業してしまうのに。なんだか賞味期限をつけられたような気持ちになってしまう・・・。
「ごめんなさい、毎週のように仕事を入れてしまって。スタートダッシュが本当に肝心だから、迷惑をかけてしまうんだけど」
阿南さんは、腰が低く丁寧な説明をしてくれる。そこが難しいところ。「話が違う! 全然主体的じゃないじゃないか!」と叫ぶこともできる。でも、そもそも高校生だというのに、これだけ仕事があることの方がおかしいのだ。受験勉強が忙しいとはいえ、置かれた環境には感謝しなければいけないはず。それなのに、なぜか、いつも阿南さんが私たちに謝るカタチになっている。
「ううん、意外と仕事の時間が息抜きになってる部分もあるので、全然大丈夫です! ・・・ね?」
メンバーに同意を促すと、それぞれの間で応えてくれた。大丈夫。今は、バラバラになっているかもしれないけど、気持ちの奥では繋がっている。
「ありがとうございます。そう言ってくれると、こちらも全力で走れるよ。忙しくなると、視野が狭くなったり、イライラすることが増えてしまうんだけど、それは追い詰められているだけだから。そのことを、ちゃんと認識しておこうね!」
当たり前だが、阿南さんは私たちの異変に気付いている。しかし、直接的には言及しなかった。まるで、こうなることを予測していたかのように立ち振る舞っている気がしてならない。
「はい、ありがとうございます!」
別に仕事が増えたからといって、天狗になっているワケではない。私だけが空回りしている感じもしない。単純に空気がギスギスしてるだけ。みんな、同じ志を持っているはずのに・・・。
バンド内分裂が四等分なら、まだよかった。一番悲しいのは、二等分だったということ。私とアキ。マキコとミウ。別に徒党を組んでいるワケでもないのに、自然と構図が出来てしまうのが辛い。
休憩室に沈黙が生まれる。今までも沈黙くらいは何度もあったが、状況が状況なだけに、どうしても意識してしまう。
「次の取材も頑張ろうね。飽きずに、同じことでもいいから、話し続けよう! てか、やっぱりさ。マキコちゃんって、こういう場所が本当に似合うね。空間が華やかになるというか・・・」
完全に空回りしている自分がいた。放っておくことが一番だと分かっていても、耐えられない。これが本当の他人相手ならいいのかもしれないが、第二の家族とも言えるバンドのことになると、やっぱり難しい。
「いや、みんなが全然喋らないから、あたしがやらなきゃって思ってるだけですよ」
これまでの関係だったら、普通に聞けていたことなのに。皮肉にも聞こえてくるし、怒りにも聞こえてきてしまう。これが忙しいということなのか。
「確かにね、ごめんごめん。次はもうちょっと努力してみる」
「あ、いや、別に。そういうつもりで言ったんじゃ・・・」
「ごご、ご、ごめんね。私、言葉が詰まることが、こ、こわ、怖くて・・・」
アキちゃんはどんな心境なんだろうか。
突然後輩が自分に牙を向けてくることに、何を感じているのだろう。
自分だったら、怒るに決まっている。でも、彼女は絶対にそれをしない。これまでと変わらず過ごしている。
「だから、そんなんじゃ・・・」
「お待たせしました。皆さんお願いしまーす!」
こうしてタイミングよく、誤魔化されてしまう。
考えてる暇がない。悩んでるうちに、終わっている。
高校生のうちだけかもしれないが、その道は限りなく長く感じた・・・。
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